見出し画像

教育の今、子どもたちの未来~『質問する、問い返す』名古谷隆彦

――主体的に学ぶということ (岩波ジュニア新書)

久々のジュニア新書。考え方や問いの立て方を子供にも読めるようにやさしく解説する本かと思ったら、やや毛色が違った。本書は、学校教育の現場を長年取材してきた記者による、子どもたちが自主的に考える力を養うための教育のあり方を豊富な事例とともに考察していくマイルドな教育論である。ジュニアを対象に書かれているわけではないが、それでもやはり読みやすく、若い世代に宿る希望を読者に滔々と語りかけてくるような、優しい語り口が心地よい。

政策レベルでの教育制度の潮流と実際に子どもたちと向き合う学校の現場での様々な取り組みとの双方を記者という第三極から見てきた著者には、制度的枠組みの歪みや現場との不統一がクリアに見て取れるのだろう。しかしだからこそ、本書ではよくある日本式教育への批判のトーンは抑えめで、文科省による学力定義が発展してきた様や、今後それに影響を与えるであろう能力開発モデルに関わる海外の議論などを丁寧に紹介していく。

そうした学力観の変遷を踏まえた具体的な教育指針のなかで、とくに主体的で協働的な思考能力の開発を狙って小中学校で導入が進むアクティブ・ラーニングや哲学対話などの実践例は興味深い。通常の授業では発言できなかった子どもたちが、友達との掛け合いの中で問いを持ちはじめ、問うことを諦めなくなっていく。能力ではなく意識が、社会と自分との距離感が徐々に変わっていく様子に、感動すら覚える。

紋切型・詰め込み式の授業を斬る言説は世に溢れてるが、それを超えた上記のような学びの場を作り、活性化させていく学校側のコストは実際すごく高いようである。世間の批判の的になることも多い学校という場で、短期成果=模擬試験の点数向上など様々な圧力と利害関係に取り囲まれながらも、子どもたちの未来を想い、豊かな知性の育成に向けた実践を徐々に広げていっている教育者がまだまだいるのだなと、多くのエピソードから垣間見れて嬉しい気持ちになった。

世にある「質問力」のような本ではないが、”教えること”を通して”考えること・学ぶこと”を取り巻く環境を再考するための、よいきっかけになる一冊。

関連記事


頂いたサポートは、今後紹介する本の購入代金と、記事作成のやる気のガソリンとして使わせていただきます。