マガジンのカバー画像

根源を問う~哲学のススメ

54
哲学書のレビュー集です。自身、専門家ではないので、比較的読みやすい本の紹介や、読みにくいものであっても非専門家の言葉で噛み砕いていきます
運営しているクリエイター

#書評

死ぬという驚き~池田晶子『41歳からの哲学』

哲学エッセイスト池田晶子の週刊新潮での連載エッセイを一冊にまとめたもの。おそらくは著者41歳の1年間分なんだろう。それ以上には、書名にあまり意味はない。 時事ニュースをとっかかりに人生と日常のあれこれを幅広く扱っており、1話毎に数ページ完結ぐらいのボリュームながら、それぞれのテーマに鋭く切り込んでいく迫力が感じられる。そして、それら多方面への思索の核である「死」への眼差しが、一冊の全体を緩やかに取りまとめている。 日々の生活上の通念をぐらぐらと揺り動かした時にこつ然と現れ

フッサール『論理学研究』1巻の重要箇所をざっくり読解する(後編)

3ヶ月前に中編を書いてから完全に忘れていたすこし筆を置いていた『論理学研究』1巻のライブ読解。もはや内容というより、生々しいあがきと悪戦苦闘の痕跡ぐらいしか表現出来ていないシリーズではあるけど、とにもかくにもついに完結! まずは当該箇所の全部の再掲。たどたどしくも、これまで⑦まで読み進めていたのだ。 さっそく行ってみよう。 はい来ました。本当に意味がわからないやつが来ました。いきなりつまづきました。 「〜類比は次いで類比的な言い方となり、」 なんぞそれ??? 今回

歯車ぐるぐる、はたらき生きる霊性~シモーヌ・ヴェイユ『工場日記』

はたらく、とはなんだろう。日銭を稼ぐ手段?自分の夢の叶えるための階段?それとも、他者とのつながりを感じるための行為だろうか。仕事がほとんど人生そのものと一体化している人だっている。 そういうことを、工場労働者としてはたらきながら突き詰めた哲学者がいた。大戦の時代を生きたフランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユである。 シモーヌ・ヴェイユと工場労働~「狂気の沙汰」の哲学者 パリの高等師範学校を卒業したのち哲学教師をしていた彼女は、突如休暇を取って知り合いの機械工場に飛び込んだ。

迫真の入門書~古田徹也『はじめてのウィトゲンシュタイン』

孤高の天才として知られる哲学者の人生と難解な思想を一望のもとにはるばる見渡し、高くそびえる「入門」の壁をひょいと超えさせてくれるいい本が出た。 最近立て続けにウィトゲンシュタイン関連書を出版している気鋭の哲学研究者・書き手による、300pを超える迫真の入門書である。 構成や文体は平明で簡潔、どこまでも柔らかい語り口で前期思想からの重要タームと論理の説明をひとつひとつ丁寧に積み上げていく。それでいて、ウィトゲンシュタインが影響を受けた周辺思想家の系譜もしっかりと辿りながら、

ビジョンは「都市」の形をしている~『太陽の都』カンパネッラ

中世イタリアに、トマソ・カンパネッラという思想家がいた。 若くして政治運動で逮捕されたのち実に30年を獄中で過ごし、度重なる拷問に耐え、正気を失ったふりをして処刑を免れさえしながら、なお塀の中で内省と思索を重ね、多くの重要な著作を執筆した。 世渡りの危うさだけではない。中世末期の自然主義的な感覚論・認識論(テレジオ哲学など)を発展させる一方で、宗教的関心に誘われて魔術思想にどっぷり浸り、それらをないまぜにしたまま危ういバランスを取り続けた思想家でもあった。 ときはルネサ

哲学、その始原の海から~熊野純彦『西洋哲学史-古代から中世へ』

高台にのぼれば、視界の全面に海原がひろがる。空の蒼さを映して、水はどこまでも青く、けれどもふと青空のほうこそが、かえって海の色を移しているように思われてくる。 下方では、あわ立つ波があくことなく海岸をあらう。遥かな水平線上では、大海と大空とが番い、水面とおぼしき協会はあわくかすみがかって、空と海のさかいをあいまいにする。風が吹き、雲が白くかたちをあらわして、やがて大地に雨が降りそそぐとき、驟雨すら丘によせる波頭のように感じられる。海が大地を侵し、地は大河に浮かぶちいさな陸地の

入門から一歩踏み出す傍らに~『図説・標準 哲学史 』

哲学史の入門的テクストを色々と調べてて、複数の有識者がわりと推していたので手に取ってみた。 超入門編としては、以前紹介した『史上最強の哲学入門』がめちゃくちゃオススメなのだけど、より本格的に学問としての哲学に片足を突っ込む際の入門書というのが、本書の位置づけである。 西洋哲学史の全体を要覧した本としては、全200p強とかなり薄めで、各哲学者の思想説明には一人あたり2p前後を割く。カバー範囲は入門書としては割と広く、紹介されている哲学者も70人程度と多めとなっている。 本

読書メモ:『ほんとうの「哲学」の話をしよう 哲学者と広告マンの対話』

『いま世界の哲学者が考えていること』という、数年前に軽く話題になった一般向け哲学解説書を書いた大学教授と、博報堂の偉い人の対談本。 タイトルはやや壮大だが、中身は哲学と広告業(ひいては一般的経済活動)を架橋するための試論的対談。 最新の広告技術やAIの利活用シーン等にも触れながら、具体的な経済活動やそのトレンドと哲学/社会学を照応させていくことにチャレンジしているが、残念ながら全体的に歯切れは悪く、失敗に終わっている印象。 全編において哲学側の歴史語り先行ながら、ビジネ

ヴォルテール『哲学書簡』による近代科学の定位のこと

フランスの詩人/劇作家であり哲学者・啓蒙思想家もあるヴォルテールが、フランス革命前夜の混迷する自国を栄光華華しいイギリスと対比させて考察する初期の代表作である。 まだ専制統治下にあったフランスで、「イギリスに比べてフランスは遅れすぎ!」というのを正直に、しかも苛烈に言ってしまったもんだから、当時はすぐに禁書になった本書。それでも各国で売れに売れ、大ベストセラーになった。 序盤クエーカー教徒の話ばっかだったから軽く読んでたけど、中盤のデカルト批判やニュートン称賛あたりでエン

稀代の百科全書家を偲ぶ~『ウンベルト・エーコの世界文明講義』

2010年代が終わった。 あまり言われていないことだが、この10年は、我々が知の巨人たちを数多く失った10年であった。 日本人だけでも、梅原猛、梅棹忠夫、鶴見俊輔、吉本隆明らが逝き、自分の永遠のアイドル西部邁も、遂に自死を果たした。世界を見渡しても、レヴィ・ストロース(は2009年没だが)、ドナルド・キーン、世界システム論のウォーラーステインとか、もちろんホーキングや、そして、本書の著者である碩学ウンベルト・エーコも、この世を去ってしまった。 エーコ、その"百科全書的"

意識の深淵~『タコの心身問題』

副題『頭足類から考える意識の起源』 哲学者である著者が、興味が高じてタコの生態の研究に打ち込み、そこからヒトの意識に迫るという本。 タコの神秘に満ちた生態や、意外と知らなかったカンブリア紀周辺の生物の進化の歴史が知れて面白かったが、肝心の人間の意識の謎に迫る部分はわりとあっさりしてて拍子抜けした。 要点は以下3つ。 ①タコは脊椎動物以外で唯一巨大なニューロン群を持ち、高度な判断能力を有している。社会性や知的好奇心をも持っていそうという研究報告も近年増えてきている。

"知を愛する"その仕方~プラトン『国家〈下〉』

上下巻通して1,000pぐらいのボリューム感で、通読に数週間かかったけれど、やっと読み終わった。 ↑のレビューでも触れたが、本書全体としては、哲人統治者の育成の仕方を丁寧に説きながら、正義という概念がどういうものかを語る本である。 上巻で荘厳と建設され語られた国家のあり方、それを通して見る正義のあり方。それらについて、今度はイデア論を軸としながら更にもう1周ずつ切り込むことで、国家と人間個人との対応関係が明確になり、個人における正義・善の様相が立体的に浮かび上がるような、

国家。国家。国家。~プラトン『国家〈上〉』

プラトン哲学最高峰の書であり、初期〜中期プラトン総決算とも言うべき本。 岩波文庫版上巻には原典10巻中5巻までが収録されており、上巻のみでも500pを超える大著。ちなみに、プラトン著作のほぼ全体に言えることだが、難しい術語が皆無なため、哲学書とはいえ文章はかなり平易ですごく読みやすい。 内容は、タイトルにある「国家」についての論というよりも、当時の社会において一般的に信じられていた「正義とはこうである」という概念に対して、周辺論点を順繰りに考察・検討の俎上に載せながら喝破

エロス/美とはなにか~プラトン『饗宴』

中期プラトンを総括する中核の書かと思ってたら、『パイドン』よりも前の本だった。『国家』と取り違え。。。 文学的見地から見れば傑作。ソクラテスを含む5人の登場人物による、エロス/美にまつわる掛け合いも、美しい劇を見ているようだ。 この美は、顔や手といった身体の部分のようには見えないし、なんらかの言葉とか知識のようにも見えない。また彼には、この美が生物とか大地とか天空など、美とは異なるなにかの中に内在しているようにも見えない。 むしろ、その美は、ほかのなにものにも依存すること