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もと住んでいた家のまわりがつくづくみどり一色なのにあらためて気づいた


はじめに

 中山間地のもとの家を学習サポートの教室につかっている。週に2回通い、半日をここですごす。昼間の気温が上がり草木が繁茂しはじめた。管理しないとすぐに茫々になってしまう。

ふと部屋からそとを向くと窓いちめん新緑のみどり。木々の緑はこれほど多様なんだとあらためて知る。

きょうはそんな話。

通う場所

 学習サポートの教室の拠点のひとつはもと住んでいた家。ここは建てたあとに行政から災害の想定される場所に3重に指定され、ここ数年は年にいくたびか避難をくりかえしていた。さすがに埒があかないとより災害のすくないと思われる街中へ移り住んだ。

引越しさきはターミナル駅のそば。地方都市とはいえ発展いちじるしい。ここへ来て10か月のあいだ、ここから見える範囲であたらしいビルの建築や改修工事がひっきりなしに進んでいる。平日の昼間にたまたまへやにいると、工事の槌音がやすまることなくつづいているのにふと気づく。

かろうじて窓から低い山々が見えてここちよかったが、だんだんと地平線はビルのかたちへと変わりつつある。

山すその家

 それにひきかえ数十年のあいだ住みつづけた中山間地の家。ここはわたしの先祖の長年くらしてきた谷間の土地。畑は丘の上に点在する。ところが最近その大部分が行政から災害想定の区域に指定されてしまった。

実際に家から見える範囲でいくたびかくずれた。一度は上の道路のひび割れと雨のたびの異常なほどの出水に気づき行政に知らせた。見に来てはもらえたが「だいじょうぶでしょう」とまともにとりあってもらえない。その数か月のちに大きくくずれて市の予算をつぎこみ、ようやく2年近くかかり補修。

移り住むまでに

 ここをはなれて移り住んださきに家をたてるなら補助しますよと行政はいう。これは納得がいく。この地区でこれだけ危険エリアに指定された家はうちをふくめて数件。すでにここ数年はふつうでなく身の危険がせまるとみて避難をくりかえした。行政にはたよらずもっぱらじぶんで安全な地に宿を見つけて自費で泊まる。

こうした生活をはじめて5年ほどになる。さすがに費用もふくめてさすがにおかしい。いちばん山に近いへやには眠れない、ここで安眠できないという家とは何だろう。すこしまえからどこに移り住むかを模索し、ようやく昨年8月に街中へと引っ越しを決めた。

もとの家をそのまま放っておくわけには行かない。地元の中・高校生のための学習サポートの1拠点として安全な日にかぎり使うことにした。これさえ何度か災害をさけて休みにした。

みどりのなかで

 ここは緑が豊富。つねに鳥たち、カエル、セミ、虫の鳴く音。住んでいた頃はそれがあたりまえすぎてかえりみることすらそれほどなかった気がする。こうして週にわずかに数時間ずつおとずれるぐらい。するとそれらに圧倒される。

同時に空気の澄んだようすも感じられる。木々のさざめきや鳥のさえずりも澄みわたり聞こえる。

おわりに

 これらをどうじに甘受することはもはやできない。徐々にこの場所からはなれるにちがいない。千キロ以上遠くの北の地へ住むかもしれない。惜しい気もするがここを建て場所に決めた以上しかたがない。それぞれの良さに納得しつつ街中に住む良さを楽しむほうへとシフトさせるしかない。

こうして行き来できる機会があっただけまだ幸せだったのかもとのちに思うかも。

こうしてじわりとそれぞれの場所について折りあいをつけて立ち位置をきめていくことになりそう。

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