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【書と評】「学者にできることは何か―日本学術会議のとりくみを通して」を読んで

今話題になっている「日本学術会議」について、何が問題なのか、どんな組織なのかを知らないと思い、少し調べてみることにしました。

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amazonで調べてみると、3・11のすぐ後に学術会議の会長となった広渡清吾氏の「学者にできることは何か ―日本学術会議のとりくみを通して」を見つけました。日本学術会議では3・11の10日後から分野別の提言をまとめていて、国内・海外に発信をしていました。その内容から特に興味深く思ったことが2点あります。

 一つは、2011/4/3に出された第3次緊急提言で、文化人類学所属の山本真鳥会員(地域研究部会・法政大学)から災害状況下では差別感が顕現しやすく、災害弱者(女性・子ども・高齢者・障がい者・外国人等)に特に留意すること、災害対応プロセスに積極的に参加してもらう視点が重要であることが提言されていて、先見性があると感じます。後に組織体について解説しますが、理系・技術系だけでない、文系を含むアカデミーである学術会議の良さが表れていると感じました。

 もう一つは、2011/5/2に出された「海外アカデミーへの現状報告」の序文で、“日本学術会議は、この放射能の漏えいが、日本のみならず地球全体の人々に不安をあたえていることを認識し、出来る限り早い機会に各国アカデミーに事態の経過について報告したいと願ってきたが、この間、我々自身が十分な情報を持つことができなかったことを正直に告白しなければなら
ない。”と述べられていて、この専門機関をもってしてもそうなのだなぁと思いました。SPEEDIのデータ開示も、早くからそういうものがあるはずだとコメントは出ていましたが、つまるところ普段から議論の対象として扱っておらず、情報が行き来していなかったということだと思います。

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「日本学術会議」は、1949年に設立されました。敗戦から5年弱。ちょうどNATOと中華人民共和国が設立されて、日本にはまだGHQとマッカーサーがおり、朝鮮戦争が始まる前の年。ジョージ・オーウェルの「1984年」が62カ国翻訳の大ヒットをした年でした。

学問が政治から独立して、科学の発展・能率の向上を図ることを目的に制定された組織です。会員の選出についても今まで自主改良がされてきて当初は自主登録・自由立候補で地域や専門部ごとに選出されていたものが、投票の強制があったり白紙を集めるものがいたりと不正があり、1984年に推薦方
式にしましたが、推薦母体の団体で問題があるなどし、2005年から現行の現役会員が優れた研究実績がある人を複数名推薦し、そこから選考するという方式になっています。

「政治からの独立」を謳う学術会議でも多数決的な方法を用いて政治的な弊害があったことは興味深いです。それで、科学者の実績は科学者でないと分からないということで、推薦(コ・オプテーション)という方法を採用しています。科学者は科学者でなければ選べない、というこの方法は、逆に言えば科学者と一般の人(さらに言えば科学者同士でも)の間の情報の隔絶を示しているように思いました。

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組織としては文系の科学者を会員に含むアカデミーというのが世界的にそれなりに珍しいです。学術団体の代表的存在として、国際会議で世界の科学者と交流を図ることも可能です。予算もさほど大きくなく(50億円くらい)、会員の科学者には会議の日当と交通費が支払われる程度です。2011年当時は「文学、経済学、法・政治学、理学、工学、農学、医学」の7部に分かれていました。現在は30の分野別委員会(言語・文学、哲学・心理学・教育学、社会学、史学、地域研究、法学、政治学、経済学、経営学、基礎生物学、総合生物学、農学、食料化学、基礎医学、臨床医学、健康・生活科学、歯学、薬学、環境学、数理科学、物理学、地域惑星科学、情報学、科学、総合工学、機械工学、電気電子工学、土木工学・建築学、材料工学)と常設4つの機能別委員会(選考委員会、科学者委員会、科学と社会委員会、国際委員会)に分かれています。

「日本学術会議」の年次報告など見てみると、各分野別の委員会の活動状況は、さっぱり分からないなぁという印象です。機能別委員会の活動内容は分かりやすく、『科学者委員会』では自分たちの規範等を整備し、男女共同参画などの活動があり、『科学と社会委員会』ではサイエンスカフェや地方でのシンポジウムなどの活動を活発にしています。『国際委員会』では海外の窓口としての活動がされていました。

特筆したい点として、『国際委員会』の活動として日本学術会議が事務局を担って、アジア学術会議というものを開催しています(もう20年くらい実
施している)。少し前に知って個人的に意外だったのが、戦前は日本は単一国家ではなく、多民族国家を標榜していたのだということでした(「単一民族神話の起源」―小熊英二)。万世一系の単一民族国家という思想をもってアジアを統一しようと考えていたのだと何となくイメージしていたのですが、そんなことはなかった。いや、明治政府が出来上がった時にはそういうイデオロギーがあったけれど、アジアに覇を広げるに当たってアジアを統治するための理論が必要だったわけです。この頃の国粋ナショナリズムは単一民族説ではなくて、混合民族論に依拠していました。日本学術会議がこっそりアジアに覇を唱えていたのが面白かったのと同時に、歴史を取り入れないまま繰り返しつつあるのじゃないか、という感覚を覚えました。

アジアに対するスタンスや、国際会議に対するスタンス、そして内部のガバナンスという意味でも「政治的」な団体だとは思うし、科学研究の大義とは遠いとも思われるのですけれど、個人的には科学者も、我々も「政治」から逃げちゃいけないと思うのですよね。そういう意味で、科学と政治の関係のあり方を失敗してもいいから試行錯誤して欲しいし、我々も注視する必要があると思っています。

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元学術会議会長の吉川弘之氏が科学技術振興機構で作成した「政策形成における科学の健全性の確保と行動規範について」というサマリーがあって(科学と政治だけでなく、技術と学術の関係の問題もあるのだと分かり興味深かったです。

このサマリーでは、科学と政策の関係性として、「行動者」→「社会・自然」→「観察型科学者」→「構成型科学者」→「行動者」という関係性を仮に置いて、その間で情報のサイクルを回すことを提言しています。この「構成型」つまりメタに科学を見る側の科学者が、行動につながる提言に落としていく段階の方法が日本では弱そうです。科学者の見解が複数に分かれた場合の扱いが難しく、一人の科学者側の代表を置くことを提案(科学技術イノベーション顧問という仮称がダサいのですが)をしています。

とはいえ、これは日本だけに起きている問題ではなくてイギリスでもBSE問題から、アメリカでは気候変動問題で科学者の知見がブレたことから体制が問題視されていて、イギリスでは2009年に内務大臣が薬物濫用に関する諮問委員会の委員長を解任するという日本に似た問題も起こっていました。

ドイツではBRAW(ベルリン・ブランデンブルグ科学・人文科学アカデミー)が2008年に科学的助言のあり方についての指針を出しています。そこでは「科学的政策助言における知識は学術的知識を超えるものである。なぜなら科学的政策助言の知識は、科学的な基準を満たした上に、さらに政治的に効果のあるものでなければならないからである」と書かれていることが、科学技術振興機構でも特記されていました。つまり方法の学ということで、これが行動につながらないといけないわけです。

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僕はこのところずっと仏教を追っかけていて(単に面白いだけなのだけど)、このところ読んでいる鈴木大拙によると、悟りを説く方法というのは「用」と「体」に分かれます。前者の「用」は作用で働きや効果のこと。後者の「体」は論理構成で理論のこと。禅の系統で、口伝や只管打坐(道元の曹洞宗系統)で伝えようとするのは前者を重視していて、碧巌録や白隠の公案禅(臨済宗系統)は後者です。儒教なら、朱子学は体で陽明学は用ですね。

インドは用と体を一体として扱う気質があり、中国や大陸は体を作る力が強く、日本は用が強くてそれを体に残していくのが下手なのじゃないかと感じています。用に培われた方法を体系化して表沙汰にしていくこと、が必要なのじゃないかと思います。志は高く、懐は広く。

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