【体験記1】うつ病発症までのいきさつ
うつ病を克服した元大学教員、心と体の保健室J.C.A新潟支部代表のメンタルセラピストじめちゃんです。
ここでは私のうつ病体験談を投稿しています。
うつ病発症、再発、回復と断薬、そしてその後の出来事について書いていきます。
何か1つでもうつ克服のヒントになることを願って。
ここからが本日の投稿になります↓
「夢がかなった!」
私がうつ病を患ったのは2016年3月で、
博士課程の大学院生兼大学教員として働いていた頃でした。
元々、
私には大学教員になるという夢がありました。
大学院修士時代の教授に
「教員になるためにも博士号を取得すべき」
と勧められ、
以前から繋がりがあった大学の大学院博士課程への進学を決断しました。
決断後、
「教員をしながら博士を目指さないか」
と志望先の教授からの勧めで、
大学の助教としての務めをしながら博士を目指す道を選びました。
同時に夢がかなった瞬間でもありました。
そして2015年に修士取得後に志望先に移り、
研究活動をしながら教育に携わり始めました。
初年度は初めてのことの連続でした。
私は学生の実習を担当する教員の一人でした。
「実習を教える教員なのだからもちろん実習は経験しているのでしょ?」
と思うかもしれませんが、
実はこの時、
生まれて初めて実習を経験しました。
もちろん
志望先に移る前に知識はつけていたので、その知識を使いながら学生に教え、
そして
私自身も上司の力も借りながら実習で技術を学んでいたということになります。
そのため実習(教育)と自分の研究をこなしながら、
仕事の後は1日でも早く研究や教育に慣れるために
深夜まで予習と復習を行う日々が1年ほど続きました。
これに加え夏に行われる学会での発表のために、
休日は修士時代の研究室に行き、
不足していたデータを計測し、
それを職場に持ち帰り解析し、
発表練習をするという作業が
2~3か月ほど続いたこともありました。
1回の移動距離だけでも往復500㎞はあったでしょう。
またもう1つの休日の仕事である携帯当番が3週に1回あり、
電話がかかってきたら大学に行くこともありました。
このため実質的な休みは
2~3週に1度くらいに来る何もない土日くらいでした。
正直体はヘロヘロでしたが、
学ぶ内容が毎日新鮮だったこともあり志望先に移ってから
前半の半年くらいはある程度楽しみながら日々を過ごしていました。
しかし、
後半の半年は自分の首を絞める結果となり、
そこからうつ病へと向かっていきました。
その出来事とは…(続く)
私が所属する国際メンタルセラピスト協会では【自分の「うつ」を治した精神科医の方法】の著者宮島賢也精神科医が考案した『これからの新しい形のカウンセリング』であるメンタルセラピーを面談、Zoom、メールなどの形式を用いて行っております。
また、東京(またはオンライン)で定期的にメンタルセラピスト養成講座の説明会も開催しております。ご参加をお待ちしております。
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