踊らにゃ損損

その日は4月だというの雪が降り続いていた。5階のベランダから見下ろす人々は背中を丸め少し急ぎ足で帰路を急ぐようだった。
ここは高校時代からの友人の彩のマンションだ。両親は海外を飛び回っていて忙しい。そんな彼女もアメリカから帰ってきたばかり。国際経済学だとか学んでおり家柄を感じる。そして一人だと持て余すほどの豪邸と言わんばかりの広さである。
マンション名にステージとついてしまうのがちょっと時代を感じさせる。

「ちょっとぉいつまで煙草吸ってるの〜ご飯準備して〜」

彩は語尾を伸ばして話す癖がある。出会った時から変わらない。変わらないものがあると安心する。

「え、わたしが作るの?ここあなたの家でしょ」
「いや〜料理面倒じゃん。あんたささって作れるしさ〜お母さんがこの前一時帰国した時色々置いてったから好きに使って〜!ね!」

一応、前置きとしてわたしが作ることを確認したがいつもそうなのだ。彩の家の冷蔵庫を彩よりも把握している自信がある。
言われるがままにダイニングキッチンへ向かう。こんなにいいキッチンを無駄遣いしているのが彼女らしい。

「ねえ…ほうれん草死んでます。何か野菜室の中で汁を垂らしてる」
「やだやだぁうけるんだけど〜処分しちゃって〜」
「信じられない…人にやらせます?それ」

と返しながらもうわたしはお亡くなりになったほうれん草を捨て冷蔵庫の中を拭き上げている。

しばらくしてインターフォンが鳴った。時計は20時を回っていた。
桃奈と春佳だ。みんな高校時代からの友人であの自由で笑いが止まらない女子高生活を謳歌した仲間たちだ。これでヒロインたちは揃った。
桃奈はわたしと同じ大学で哲学科に進んだ。学科は違えど文学部は同じゆえよく一緒にいる。春佳は浪人して目指していた大学の建築学科に入り日々建築と真面目に向き合い楽しそうだった。

「オムレツ作るから、その前にできてるそこの何品か食べてて」

私が言うと彩はささっと食べ、二人もそこに便乗する形で食べ始める。

「ほんと何作っても美味しい。感動しちゃう。すごい。で、別れたんだよね」

春佳は思ってるのか分からないお世辞のオンパレードではないかって言葉を早口で並べた。いやいつも言葉に抑揚がないから思ってないように感じるだけで本当にそう思ってくれてる。そしてそのまま本題を聞いてきた。
そう。わたしの別れ話を聞くために集まったのだ。回りくどい話しないで率直に切り出されるとタイミングも掴まず話せて楽だ。

「そうよ。別れちゃったのよ。というか振られちゃったんだけど」

自分でそう言っておきながらその事実にまたちょっと落ち込む。

「…びっくり。一年以上ほぼ毎日一緒にいたし、あなたたち結婚まですると思ってたの」

桃奈が静かに口にした。これは連絡した時に既にみんなに言われていた。わたしも思っていた。しかし現実はそんなに上手くいかないものなのだ。

「で、どうする。大丈夫?」

春佳が箸を止めて私を見つめる。

「どうするってもうどうもできないけど、自分の至らないところを内省してるのよ。本読んだり映画観たりして…何と言うか思考力の向上は感じてるの。」

「あんた昔からそうよねえ〜芸術肌というか〜辛い時にこそ力が発揮されるというか〜あんたの書く文はめちゃくちゃきれいだから書いてくれて嬉しいわ〜」

とわたしが個人的に書いてるブログに投稿した文章を見せてくる。

「それは同意。形にすることが出来ていていいこと」

よく考える桃奈にこう肯定されると大丈夫だなと思えてくる。

「ただわたしね、気になることがあって別れてすぐもうあっち女の子いるのよね。しかもわたしに似てる…」

「え、それはやばい。なんでよ」
春佳の食いつき方は早くて助かる。

「んーわたしにもそれは分からないけど寂しいのかもね。もしかしたらその子の方が良かったのかもしれないし…でもこれくらいで代替できるわたしって何だろうとか思えちゃうのよね」

「大丈夫。あなたの愛した彼じゃなくなったの。諸行無常よ。人の心は移りゆく。そしてそんな悲しさで結んだ関係もいつか終わりを迎えるの。諦めってあるじゃない。それは自分を省みて苦の原因を突き詰め次へ活かすこと。あなたはそれをちゃんとしている。あの彼よりも格段にレベルが高い。自信を持ちなよ」

「出たぁ〜〜!桃奈の思想〜〜!!強すぎる〜けど合ってるね〜」

学問と向き合い宗教的な教えをスラスラと言え日常的に応用している桃奈だから言える言葉で重みがあった。

「そうね。わたしもそう思ってより自分を改善させようと思ってる。てかオムレツ作り終わってるから食べよう」

みんなで分け合って食べ始めると、映画をやっぱり観たいとなり、ホラーかコメディの二択になった。
そこに春佳のスマートフォンが鳴った。
淡々と話す春佳がちょっと口角を上げて画面見たから最近付き合い始めた同じ建築学科の彼だろうか。

「夜、会う約束してたから先抜けてもいい?」

それは事前に聞いていたことだが、改めて言ってくるのが嘘がない春佳っぽい。
予定をずらしてまでわたしと会ってくれたその気持ちが嬉しかった。

「じゃあさてさて〜わたしたち3人は朝まで映画見てお酒飲んで過ごしましょうかぁ〜」

「あ、わたし洋服新しく欲しいの。明日、昼までに起きれたら伊勢丹行かない?」

「2人の意見乗るわよ。映画見て明日は買い物ね。何だかすっきりしてくるわ」

「3人で街へ繰り出せば完璧なの〜あんた〜本当にいい友人たちを持ったね〜亅

「それ自分で言わないでしょ」

舞台で踊らなきゃいけない。これからも踊り続ける。夜は深くなっていく。わたしもこれから深みを増していくのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?