読む、 #ウェンホリ No.20「悩みが人生の宝物になることもある」
悩みをネガティブに捉える必要はない
堀井:悩みにはいろいろなパターンがあるかと思うんですけども。松本さんがいちばん大切にされてるというか、その方たちによく伝えるメッセージみたいなものはありますか?
松本:そうですね。前回の「中道」の話なんかともつながるんですけど。「悩みがある」っていうことを必ずしもネガティブに捉えることはないんじゃないかと。もちろん、悩みが大きすぎて押しつぶされそうだっていうときにはケアが必要ですけど。でも、ケアをしながらも、その悩みは……なんでみんなそれぞれ、いろんな悩みがありながらも人によって悩みが違うか? っていうと、やっぱり私たち一人ひとりが抱えている個性とか、過去の経験であったり、心のなかでの引っ掛かりであったり。
そういうものに反応して、この人にとってはこれは全然悩みじゃないんだけど、この人にとってはそれが悩みだったり……みたいなことがあるわけですね。ということは、悩みとしっかり向き合うということは、自分をよりよく知る。より深く知ることでもあるし。たぶんすごく大切な人生の、ときには宝物になるものだと思うんですよね。
堀井:うんうん。その、会社のなかで責任だとか責務みたいなものがあって悩んでらっしゃる方もいるかと思うんですけど。そういうときの救助の仕方というか、声かけの仕方というのは、松本さんはいかがですか?
松本:ああ、そうですね。もちろん、みんな違うから。仏教でブッダがどんな説法をしたのか? っていうと「対機説法」と言われるんですね。対面の「対」に機会(チャンス)の「機」で「対機」。その意味としては「人」っていう意味ですね。だから相手に応じて説法をする。それをまた別の言い方で「応病与薬」なんていう表現もあります。「病気に応じて薬を与える」っていう言葉ですけど。だから相手によって対応していくっていうことがまず基本ですね。
Responsibility=責任は誤訳!?
松本:そのうえでですけど、いろんな組織の人たち……特に日本の組織ですね。そんな人たちと向き合っていて感じるのは「責任」っていう言葉のこじれ具合っていうんですかね。そこが世界と比べて日本の組織では特に特徴的なんじゃないかなと。なんでか? っていうと「責任」っていう文字があるじゃないですか。これ、いかにも責められる感じで。ねえ。もう、ほしくないですよね。なるべく遠ざけたい。
堀井:はい。グッと囲まれていますね(笑)。
松本:そう。「いや、私には責任はありません」ってつい、言いたくなる。でも、元々の言葉は英語から入ってきてますね。「Responsibility」っていう。で、それを誰かが翻訳するなかで「じゃあ日本語では『責任』って当てよう」っていう。これ、私は誤訳と言っていいんじゃないかって思うんですけど。いかにも嫌な感じになっちゃったなと。でも「Responsibility」は「Response(応答・対応)」に「Ability(能力・可能性)」。だから「応答可能性」みたいな意味であって。これ、別に嫌な意味じゃないんですよ。
たとえば、道を歩いてて倒れてる人がいる。その人に「大丈夫ですか?」って声をかける。それも、その方にレスポンスして、応答したっていうことですよね。本当はそういうところから来ている言葉なので、別に持たないっていうよりも、もっと積極的に引き受けていって。レスポンスのアビリティが広がっていくっていうことは本当はすごく素敵なことのはずなのに。なかなかそのへんがこんがらがっていきますね。そして、こんがらがった果てに出てきた言葉が「自己責任」なんですけど。
堀井:いやー、そうですね……。本当にその責任って重々しいものでありますけども。よく会社なんかのチェックシートみたいなのに出てくるんですよ。「責任感のある仕事を1年、やり遂げられましたか?」って。それで1から5に丸をつけたりしますね。だから、日本にとっては重用されている価値観なのかなとも思いますけどね。
松本紹圭さんと一緒に朗読で成仏
堀井:ということで、ここからはみなさまのお悩みに松本さんに答えていただこうと思っております。では、参りましょう。「朗読で成仏」。
(中略)
堀井:「朗読で成仏」。さあ、続いて、長野県の方です。「3月に転職しました。アシスタントの子が自分の好きなことだけやるので優先順位付けができず、締め切りに遅れます。アシスタントの子のほうが社歴は長いものの、スケジュールを強めに伝えています。が、こちらから締め切り日に声をかけて進捗を聞き、『終わります』と言われても結局、終わらず。もう仕事をあまり振れなくなりました。私だけ忙しく、マネジメント力のなさに落ち込みますが、もうその子が嫌いになってしまっている自分がいます。協調性を大切にする社風なので、なかなか上司にも言えません。こんな31歳の自分に、ただ毎日落ち込むばかりです。今の自分を成仏させたいです」ということなんですが……。いやー、大変ですね。上司にも言えず、でも下の子もなかなかわかってくれず。
松本:うーん……なんで上司になかなか言えないのかな? っていうのはひとつ、ありますね。その、「協調性を大切にする社風」っていう。でも、何を言うか? っていうことで。「アシスタントの子の出来が悪くて困っているんです」っていう言い方だと、ちょっとクレームを上げる感じになっちゃいますけど。そうではなくて「私の視点からは今の事態がこういうふうに見えていて。そして、こういうことに困っているんです」っていうことはその上司の方にもそうだし、そのアシスタントの子にもですね、実は言える言い方って存在しているんだと思うんですよね。
堀井:うん。はい。
松本:だから、これも責めるんじゃなくて、どれだけ……今、こうしてご自身が感じていることを文章に書けているというのはすごく素晴らしいことなので。「こういうふうな状況になっていて、こういうことを感じていて。本当は嫌いになんかなりたくないけど、このままだと嫌いになっちゃいそうだから、それはしたくないんです」っていうのをアシスタントの子とよく喋るっていうのは、ありだと思いますね。
堀井:はいはいはい。そうですね。で、またどうしても結局、自分を責めるところに来ちゃうんですね。「マネジメント力がない」とか、「その子が嫌いになってる自分が嫌い」とか。これはよくある現象ですか? その、どうしても自分を責める方に行ってしまうっていう。
松本:その、自己責任論。あとはマネジメント・管理っていう発想が、私の意見ですけど、かなり人間の本当のあり方とずれてたんじゃないかな? っていうのはね、すごく感じるんですよね。特に、そのずれがいろんな組織で大きくなってきていて。いまだに「管理職」っていう言葉は残ってますけど。もはや管理職のする仕事って、管理じゃないんですよね。人って管理されると、やる気なくなるので。
だから、私はもう「マネジメント」っていう言葉はやめて、(オーケストラの)「オーケストレイト」とか。なんていうか、みんなそれぞれ違うなかで、どうやって……みんな、楽器も違うし。出す音も違うし。だけどそれをひとつの音楽にまとめ上げていくっていう、なんかそういう感覚で今までのマネジメントっていうものを捉え直す時代というのがたぶん来ているんだなっていうのを感じるんですよね。
マネジメント力のなさに落ち込む必要もないし。究極ね、「この今回の音楽にはこの楽器は入れない」っていうことだってありうるわけだし。まあ、それも含めて別に、しょうがないんですよね。だから「管理しなきゃいけない」ということでもないし。誰も責めなくていいんですよ。うん。
堀井:本当、そうですね。その、オーケストラにたとえてすごくしっくりきました。やっぱり管理職って……ずっと私も管理職をやってきましたけど。評価したりとか、なんかそういうところがメインだったので。全体でなにかっていう管理職の意識って、あんまりなかったんですよね。一人をどういうふうに直していくかとか、正していくか、みたいなところはよく求められたので。はい。それがマネジメント力なのかなって。「成長をさせていく」みたいなところだったので。
松本:ねえ。たぶんそういう組織とか、ポジションのイメージがだんだん時代のスピードとか、組織のあり方と合わなくなってきて。むしろ、そこに苦しんでいらっしゃるのかもしれませんよね。誰も責めなくていいと思います。自分も。その人も。
堀井:いいですね。楽になりますね。責めなくていいです。
松本:しょうがないです。
堀井:しょうがない(笑)。ありがとうございます。メール、ありがとうございました。
<書き起こし終わり>
文:みやーんZZ
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