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SmartHR Store ものづくりのクフウ視察日誌 「それ、どうやってつくりましたか?」 vol.1「コクヨの開発哲学」

ものづくりの先輩企業を訪れて、プロダクトに込められた想いやこだわりを教えてもらい、今後のアイテム企画に活かすために結成された『SmartHR Store』の「ものづくりのクフウ視察団」。

さて、結成したはいいけど、誰に話を聞けばいいんだろう……頭を抱える店長のなむ(@nam_nam)、チーム長のべべ(@bebene3)、そしてプレスのなかまり そんな3名のメンバーの目に入ったのが、一冊のキャンパスノートでした。

「あっ、これだ!」

そう言うと、お互いに目を合わせる3名。文房具やオフィス家具を企画・開発・製造するコクヨ株式会社は、言うまでもなくものづくり界の大先輩です。昔から誰もがその製品を手にしたことがある老舗企業でありながら、今もユニークな機能やデザインの新製品で話題になることもしばしば。これほど訪問先としてうってつけの企業はありません。

ということで、「それ、どうやってつくりましたか?」の最初の訪問先としてコクヨに足を運びました。今回は、座面が360度自由自在に動くことで人気のオフィスチェア「ing(イング)」や「ingLIFE(イングライフ)」を手がけたデザイナーの木下洋二郎さんにものづくりの極意を聞きます。

座面が360度自由自在? 人気チェア「ing」シリーズの仕掛け人

小春日和の日差しの中、3名が足を運んだのは、品川にあるコクヨさんが運営する“「働く・暮らす」の実験場”こと「THE CAMPUS」。

お昼時ということもあり歩道のキッチンカーから美味しそうな匂いが漂ってきたり、建物の中にはお絵描きするお子さんを見守るお母さんの姿があったり。かと思ったら、その脇でコクヨの社員さんがオンライン会議中。まさに「働く」と「暮らす」が共存する空間です。

コクヨのオフィスエントランスの前での4名の集合写真。「コクヨ株式会社ファニチャー事業本部木下洋二郎さん」というテキストも添えてあります。

「ようこそ、コクヨへ」と優しい笑顔で迎えてくれた木下さんを前に、3名はSmartHR Storeの取り組みを紹介しました。

なかまり「私たちSmartHRはソフトウェアを開発している会社なのですが、社内コミュニケーションを活性化させるためにいろいろと工夫しているんですね。

たとえば、全社会でコミュニケーションを活発にするためのクッション型の『投げるマイク』や、リモート会議でのリアクションをわかりやすくする『完全理解うちわ』などを過去につくっています。

それらをSNSで発信しているうちにユーザー企業の方から『会社でも使いたい』とお声がけいただくようになって。2020年秋ぐらいからSmartHR Storeというオンラインストアをオープンしました」

木下さん「じゃあ、ちゃんとしたショップなんですね(笑)」

一同「そうです(笑)」

コクヨのショップで商品を見ている3名の写真。「このアイテム気になる〜」
オフィス1F「THE CAMPUS SHOP」では、コクヨの商品を購入することも!

なかまり「とはいえ、商品を企画したのは2021年からなので、数は多くないんですけど……」

木下さん「他にはどのような商品を?」

なむ「業務用としてチャットツール『Slack』で気軽にコミュニケーションを取れる絵文字「ビジネスチャット用カスタムemoji(カニの詰め合わせ20杯)」や、2021年のクリスマスには欧米の風習『アグリセーター』に倣って、「かわいいヤギのセーター」をつくりました。セーターは『これを会社で着ていたら、笑いが生まれて自然とコミュニケーションが取れるかもね』と」

木下さん「おもしろいですね。どんな商品もきっかけは社内コミュニケーションの活性化が目的なんですか?」

なかまり「そうですね。とはいえ、まだまだ工夫の余地があるので、SmartHRにもユーザーが多い『ing』シリーズを手がけたコクヨさんでいろいろとお話を聞いてみたいと思って、今回やってまいりました」

なむ「特にコロナ禍に突入した直後は、リモートワークにシフトしたものの自宅の業務環境が整っていないじゃないですか。仕事用じゃない椅子を使っていたりして、腰の不調を訴えるメンバーが続出したんです」

べべ「僕もスツールで挑んで腰痛を抱えることになりました(笑)」

木下さん「確かに、コロナ禍をきっかけにオフィスチェアのありがたみに気づいてくれた人は多かったですね。その当時、コクヨのオウンドメディアではオフィス家具開発で培ってきたノウハウを活かし「体に負担の少ない座り​​方」や「座布団の活用方法」などを発信してかなりの反響がありました」

リモートワークの業務環境という共通の話題で盛り上がる4名。ほのぼのとした雰囲気のなかでインタビューはスタートしました。

コーヒーを手荷物3名の写真。
THE CAMPUS SHOPにあるコーヒースタンドで一服

コクヨの新たな企業理念「be Unique.」とは?

まずは、なかまりから木下さんへ、今回のインタビューの目的を伝えます。

なかまり「そのうえで今回お聞きしたいのが、大きく分けて2つ。機能性とユニークさの共存した商品を継続して開発するためにコクヨが大切にしていること、そして木下さん自身の『ing』の開発秘話やデザイン哲学などを教えていただきたいと考えています」

べべ「早速ですが、コクヨには開発方針などはあるんですか?」

木下さん「創業以来脈々と受け継がれてきたポリシーはあるのですが、きちんと明文化されたものはないんですよ。企業理念やパーパスなども近年になって刷新されたものですし」

そうして木下さんは、2021年に企業理念が「商品を通じて世の中の役に立つ」から「be Unique.」に変わったことや、その背景に息づく考えを教えてくれました。

円卓を囲んで取材をおこなっている様子の写真。

木下さん「以前の企業理念にある『商品を通じて世の中の役に立つ』はシンプルだし、極めて当たり前じゃないですか。でも、だからこそ『商品って何?』『世の中の役に立つってどういう状態?』と議論の余地が多い。時代ごとに意味がアップデートしていく言葉です。

ただ、ある種形骸化していく可能性もあるため、現在の社長が刷新する意思決定をして、『be Unique.』になりました。ユニークな社会に対して価値を提供して、未来を提案していく。企業理念とともに『ワクワクする未来のワークとライフをヨコクする」というパーパスを掲げています」

ということは、コクヨにとって「be Unique.」は、新しい挑戦ではなく、日常のコミュニケーションのなかで語られてきた開発に対する考えやそれぞれの価値観、哲学と言えるのかもしれません。

なむ「その『be Unique.』をもう少し言語化すると、どういうイメージなのでしょうか?」

木下さん「僕の理解では『マニアックな部分を追求していく』みたいなところがあるかもしれません。そもそもコクヨは、和式帳簿の表紙店からスタートしている会社で、当時は世の中から重要視されている仕事ではありませんでした。独立する際も知り合いから『商売が成り立つわけない』と言われたこともあったそうですが、それでも『小さなニーズでも頑張っていれば世の中の役に立てるはずだ』と積み重ねてきたそうです。まさに『be Unique.』です」

グレイヘアにお洒落なメガネをかけた男性の写真。

なかまり「創業の精神が変わらずに息づいているんですね」

べべ「他にもコクヨさんで大切にしている考え方はありますか?」

木下さん「とてもシンプルですが、『ユーザーを見て価値提供する』は大事にしていることかもしれません。日本には技術イノベーション型の企業が多い印象がありますが、コクヨはどちらかというとユーザーイノベーション型で。もちろん技術イノベーションを商品にこめていますが、ユーザー体験を起点として価値提供を細かく積み上げてきたことが今日につながっています

「コクヨらしい」を褒め言葉にしない

続いて木下さんから、コクヨという会社のちょっと意外な社風について語ってもらいました。

木下さん「僕個人の見解ですが、コクヨは世の中のスタンダードを塗り替えようとしている会社のように感じます。マニアックでユニークでありながらも、当たり前をちょっと変えていくというか。それが結果として社会の役に立っているのかもしれません」

なかまり「確かに。『ing』シリーズはまさにそうですよね」

ショートカットの女性の写真。「『世の中のスタンダードを変えていく。』いい言葉・・!」という吹き出し

木下さん「あと社風として特徴的だと感じるのは、自虐的だということですね」

一同「え!?」

木下さん「商品開発のプロセスで『その企業らしさ』みたいな観点がひとつの判断軸になることがありますよね。でも、僕らにとって『コクヨらしい』はちょっとした“けなしワード”なんですよ(笑)」

なむ「自虐的すぎませんか(笑)」

ボブヘアの女性の写真。「「コクヨらしい』がちょっとした"けなしワード"?」という吹き出し。

木下さん「良く言えば謙虚ということなんでしょうけど、やはりユーザーイノベーション型だからでしょうね」

べべ「そうは言っても、僕自身小さい頃からコクヨの文房具をずっと使っていて、ある種インフラのようなものになっているじゃないですか。『コクヨらしさ』を享受しているような気もしなくもないのですが……」

木下さん「でも、形骸化してしまった『らしさ』にはあまりおもしろみを感じない。そういう意味で『コクヨらしい』は自虐的に使われれているわけです」

一同「すごい(笑)」

べべ「先ほどユーザーイノベーションという話がありました。僕らも技術的イノベーションというよりも、体験のイノベーションで商品を考えているので勝手に親近感を抱いているのですが、そもそもコクヨはそういう文化なんですか?」

会議室の中で取材をしている様子の写真。

木下さん「いえいえ、もちろんベースとして残っている部分はありますが、量産やそれに伴う効率化によって薄まってきています。コクヨぐらいの規模のメーカーになると、1→100はかなり重要な役割ですから量産化・効率化は避けて通れません。

ただ、1→100に専念していると0→1に時間をかけられない。しかも0→1のフェーズは時間もかかるし、不確実な要素も多いので、会社としても投資しきれていなかったように思います。

とはいえ、体験のイノベーションを起こすためには0→1に注力する必要もあります。だからこそ、会社として企業理念を『be Unique.』に刷新したのではないでしょうか」

自分が本気で「どうにかしたい」と思えるか

では、0→1に注力していくためには、どうすればいいのでしょうか。SmartHRの取り組みも紹介しながら、意見交換が行なわれました。

べべ「0→1を専任で担当するチームはないんですか? もちろんアイデアは誰が考えてもいいし、良い意見であれば、どなたのものでも採用していると思いますが、チームを置く方法も有効ではないかなと」

木下さん「事業部側には専任のチームは存在しないのですが、開発チームが0→1側と1→100側に何となく分かれているところはありますね。僕はどちらかというと0→1側にいるのですが、少人数だし、マーケティングを起点にせずプロトタイピングからはじめる変則的な開発プロセスで取り組んでいるため、若干肩身の狭い思いをしています(笑)。

それとは別にイノベーションセンターのような全社横断型の組織もあり、新規事業開発や開発プロセスそのものにテコ入れする取り組みも進めているところです。これまではマーケティングして、企画して、製品化するプロセスが一般的でしたが、『大きなニーズが見えたらとりあえずプロトタイプをつくりましょう』と。SmartHRさんはどうですか?」

金髪のボブヘアの男性。「コクヨさんの0→1活動すごく気になる...」という吹き出し。

べべ「僕らは全社に対して変えたいことがあったり、新しいことをはじめたかったりするときには、『Work Design Hour』という何でも議題を持ち込める会議に持っていきます。これは、ソフトウェア開発に関する新機能の提案というよりも、社内コミュニケーションデザインや働き方に関するものが多いですね。ソフトウェア開発やビジネスについての新たな提案も、社内のチャットツールや部門ごとの会議を中心にオープンに議論されていたりします」

木下さん「『Work Design Hour』、すごくいいですね。もちろん大変なことはありそうですが、お聞きするかぎりではとても良い取り組みだと思います」

べべ「そのなかで新しいアイデアがいきなり大多数の合意を得られることって少ないと思うのですが、木下さんは企画を進めていくうえで心がけていることはありますか?」

木下さん「小手先のテクニックよりも、自分ごと化できる課題設定ができるかという話だと思います」

実際に椅子に座り座り心地を確かめながら話をしている写真

なむ「確かに『年末調整書類があつまる封筒』も、もともと私たちの『封筒をつくりたい』が出発点ではなく、社内の労務チームにヒアリングして『前職でこういう封筒をつくっていました』という話を聞いたことがきっかけでした。『こういう封筒を準備するだけでも大変だから、もう製品としてつくっちゃえばいいんじゃない?』と。課題は明確でしたね」

木下さん「もちろん数字は大事ですが、自分やユーザーの体験から課題を設定すると、マーケティングでは出会えない課題をピックアップすることはできますよね。ユーザーの切実な困りごとを発掘して、何とかしようとしていると、トップの人たちも納得感を持って背中を押してくれるケースが多い気がします」

世の中を健康でクリエイティブにしたい

なかまり「今日は貴重な話をありがとうございます。最後に木下さんが今後取り組みたいテーマについて教えてください」

木下さん「僕のテーマはひとつ。『世の中を健康にしたい』です。『ing』シリーズでできているとは決して言えないので、まだまだ工夫の余地はある。その結果クリエイティブに生活できるような環境をつくっていきたいですね」

オフィスチェア2脚の写真。
座面が360度自由自在に動く「ing(イング)」(写真右)と座面がゆっくり揺れ、体幹を自然に整える「ingLIFE(イングライフ)」(写真左)

ということで、ものづくりの先輩企業訪問第1弾のコクヨでした。

ものづくりについて、ときに真剣に、ときに無邪気に話す木下さんの表情がとても印象的だった今回の訪問。私たちもユーザーのみなさんにとって価値のある商品を開発できるよう、伺った話を活かして取り組んでいきたいと思います。

では、次回もお楽しみに!

取材メンバーの3名が椅子に座りながら振り向いている写真。

取材・文:田中嘉人
撮影:鈴木渉