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へそ曲がりと山歩き 「遠野・薬師岳」編

遠野の薬師岳は遠かった

遠野郷は大出、大野平から、まっすぐ北に、薬師岳がある。
小田越からは早池峰の前衛峰、光苔でも見に行くか、的な山。
遠野から見ると、やっぱり早池峰の前衛峰だが、風格が違う。
遠野人たるもの、横通りとともに、薬師岳は正しく遠野から登り、平地人を戦慄せしめん?
などと、勝手に屁理屈をこねて、わけのわからない山歩きがはじまった。

あれは四十年ほど前

まだ若い頃、遠野側から薬師岳に登ろうと、又一の滝へとでかけた。
厚い曇り空だが、なんとかもちそうだ。
滝の周辺を探すが、登山口はどこにも見つけられない。
あっちをうろうろ、そっちにうろうろ。
どこをどう探しても、登山口はない。
地図を見ても、入り口は消えたままだ。
途方に暮れるというのは、こういうことだ。
とうとう、滝の手前、草付きの岩を登り、頂上に続くであろう尾根に取りついたが.これが失敗のもと。滝からは遠ざかり、どこを歩いているのかわからない。いわゆる遭難一歩手前だ。さらに、雲厚く、パラリパラリと雨だ。
焦るとドジを踏んでをしまうのが人間だ。
あきらめるしかない。これ以上突っ込んだら、まよいがの迷宮に入ってにしまいそうだ。
結局、ヘロヘロになって又一の滝まで戻ってきた。もう嫌だ。

この淵で釣りをしてはならぬ

そして再挑戦

遠野の住人として、とうとうリベンジの時だ。
四十年の月日が経ち、デジタル時代が到来し、登山記録が手軽に見られるし、紙の地図からGPS地図で足跡が残る。
これで遭難の確率は減少し、一人歩きでも頂上に立てそうだ。
初春、芽吹きとともに、鼻の穴を膨らまして、又一の滝の前に立った。
小さな祠に安全登山を祈願して、東側の尾根に取り付く。
これは横通り~早池峰への道。ここは昔も歩いている。
そのまま歩き続けると、分岐に着く。頭が???
そうか、これを沢沿いに行けばいいのかと、その時初めて気が付いた。
早池峰から下りてきたときは、分岐に気付かずに、なんとなく道なりに歩いたので、わからなかったんだ。騙された気分だった。
沢を渡れば、そこからは迷うことのない、国道のような楽しい道だ。
アカゲラが飛んでいる。どこかでドラミングが聞こえる。
どこの山も、稜線に到達するまでは急登が続き、ひたすらあえぐだけだ。
雪も出てきた。西に向かっていた尾根が北に角度を変える。雪が多くなる。
予想以上に広い尾根で、帰りが心配だが、要所要所にピンテが付いている。
ピンテの使い方が上手い。山の知っている人のピンテだ。神ピンテ。
天気は良いが、雪が深く足が「ふどる」。日陰ではツルツルと滑る。
大きな岩と高い雪壁が出てきて、行く手を阻む。
まず東側。だめだ、胸まで沈む雪。太陽が昇り、気温急上昇で雪が融ける。
次に西側。だめだ、岩がでかくて越えられない。
いくらデジタル時代でも、残雪の量や気象状態まではわからない。
万策尽きて、すごすごと退散した。
こんなときは、一人歩きの限界を知り、遊びとはいえ、少しだけ悔しい。

再々挑戦じゃ!

雪が解けた。リベンジじゃ。じじは意気盛んだ。
季節は五月、メイ、サツキ、トトロだ。水はぬるみ、沢の岩魚達も朝ごはんに夢中だ。
大きいメイフライが流れてくる。出るぞでるぞと息を凝らして水面を見ていると、岩魚がジャンプして、フライをくわえこんだ。無意識に空の右手をはねあげ、ヒットさせたつもり。手ごたえは尺物だったぞ。
又一の滝、急登、そして北に向かう広い尾根まで快調に来た。
雪原だったところの雪は消えて、登山道が続いている。
大きな岩と雪壁のところまできてわかった。岩と岩の間を縫うように道は続き、場所によっては岩の上に出たり、おりたり、なかなかのアスレチッククラブだ。前回は、東側に寄りすぎていたようだ。
岩・岩の間を抜けると稜線歩き。傾斜があるので、息が切れる。
目指す、薬師岳は目の前だ。と、ここからがけっこう長く感じてしまう。
頂上に立てば、眼前に早池峰の雄姿が待っているはずだが、残念、ガスが湧いていくら待っても、お姿を望むことはできなかった。
猛烈な風が吹き始めたので、風の又三郎になった気分で大空に舞い、大野平方向の眺望を楽しみながら下山した。
遠野から登る薬師岳は、早池峰のついでに登る時とは、まるで別な山のような、濃い森と深い渓の大きな山だった。

ピラミッド伝説?

4月から2回通い、5月にようやく登れた。
遠野からは、薬師岳で3回、横通りを含めると、6回歩いたが、一人の登山者にも会わなかった。
反対側の小田越は、登山者がたくさんいて、パトロールまでしているのに比べれば、なんと静かな山だろう。ここは熊や岩魚の遊び場なのだ。
昔からある「雷鳥」生存説を信じたくなるような、無垢の山だった。
そして、明るくて、楽しい道だった。

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