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水辺利活用を通じて感じたボトムアップ型の施策の必要性

松江市役所 大橋川治水事業推進課 事業調整係長
中司弓彦

みなさん、こんにちは。松江市の中司と申します。所属組織で担当する、水辺空間を活用した社会実験について、いわゆるトップダウンではなく、ボトムアップで施策を実行することができましたので、その過程で感じた、ボトムアップ型の事業の必要性について、書こうと思います。

1.施策を行うまでの経緯

私は、土木系の行政職員で、現在は、水辺空間の利活用推進を担当しています(係長職2年目)。国による1級河川の河川改修事業があり、新たな水辺空間が整備されるのを機に、利活用が求められています。

もともと、昨年度末頃から、河川敷(港湾でもある区域)を活用したキッチンカーによる社会実験を準備しており、今年の春頃から実施を予定していたのですが、コロナの影響により、管理者である県から当面は人が集まるようなイベントの開催は難しい旨の見解が示されていました。今年度は難しいのかな、と当初は思っていました。

このまま、コロナが収束するまで待つという選択肢もありました。ちょうど緊急事態宣言が出され、人が集まる可能性のあるイベントを行政が主催して行うのは慎重になっている時期でもありましたので。

また私自身、公民連携についてより深く学びたいという思いから2019年に「都市経営プロフェッショナルスクール 公民連携事業過程」を受講して以来、なかなか描いていたような公民連携事業が具現化できず、悶々としていた時期でもありました。

しかし、ちょうど同じ時期に、木下斉さんが主催するオンラインセミナー「狂犬ゼミナール」をプライベートで受講した際、大東市職員で公民連携を推進されている東克宏さんのオンライン講演を聞く機会がありました。

組織内外の様々なハードルがある中、前例にとらわれず公民連携事業を遂行されている東さんのお話を聞き、自分も今できることをやらねればならないという思いが湧いてきました。そこで、担当から上に提案を上げていく「ボトムアップ」型で水辺利活用の社会実験に取り組みました。ちなみに、東さんは、NPO法人自治経営の理事長もされています。以下のようなユニークなコラムも書かれていますので興味がある方はどうぞ。

ちなみに、都市経営プロフェッショナルスクールは、地域活性化の専門家である木下斉さん、リノベーションまちづくりを提唱された清水義次さんらが主宰する、社会人向けのまちづくりスクールです。このスクールの詳細については、以下の新潟市の稲葉さんのnoteがわかりやすくて参考になりますので、興味がある方はどうぞ。

2.トップダウンの多い行政職場

ボトムアップとは、下記のサイトにもあるとおり、上意下達でもあるトップダウンとは逆に、下層位にある職員から上がってきた提案をもとに意識決定を行う、下意上達ともいえる手法です。

現状私の職場では、ボトムアップの施策は多いとは言えません。大半が、市長や部長などからのトップダウンによる施策や、通常ルーチンで毎年やっている業務が多くなっています。これはほかの行政組織でも同様のところが多いと思います。

市役所も自治体という一組織である以上、トップからの指示による業務があれば、淡々とそれをやるのは当然でしょう。しかし、トップダウンばかりというのも組織にとって好ましくないと思います。

なぜなら、行政のトップや幹部層の職員が接するのは、企業の役員クラスや業界団体(まちづくり分野でいえば、商工系、建設系、漁業協同組合など)の上層部の方々や地方議員です。これらの方々と意見交換する機会は多く、その意向には敏感です。すべての意見や要望が直接施策に反映できるわけではありませんが、行政組織の意思決定に大きな影響を及ぼします。

一方で、一般職員との接点が多いのは、一般市民や町内会・自治会など地域組織、個人事業者さん、契約関係にある業者さんなどになります。業界団体の担当レベルの方との接点ある人もいるでしょう。これらの方々と日々接する中で、現場ならではの様々な問題意識が生まれてきます。

役所のトップ層や様々な団体との関係性から組み取られるニーズと、日々現場で仕事をしながら得られる情報からニーズとは性格が異なります。このため、両方のニーズを施策に反映させる、つまり、トップダウンとボトムアップを組み合わせる必要があるわけです。

また、一つの事業が完了したら、その結果から得られる検証を行い、その反省から新たな施策を練っていく必要がありますが、これを中心になって行うのも担当レベルの職員ですよね。管理職は施策の進捗管理するのが中心で、そこまでは入り込まないことが多いです。施策の結果から、担当のみがわかる課題もあるわけです。なので、担当からの施策立案や修正提案がないと、適切に事業は回っていきません。

前述のとおり、私がいま所属する組織ではボトムアップが少ないように思います。これには、さまざまな要因があると思います。日々の業務に忙しくて新規の施策が立案できなかったり、若手なら、上司に立案しても相手にしてもらえなかったり、難色を示されたりすることもあるでしょう。単に、与えられた仕事を受け身でこなせばよい、あるいは、疑問に思っていることがあっても、わざわざ自ら発案して変えようとはしない、という人もいるでしょう。

職員は優秀な人も多く、仕事はきちんと皆やっていますが、組織全体でひとつの方向に向かっている感覚があまりないのです。若手職員とベテラン職員で、自由闊達な意見交換がされることも少ないような気がします。

3.ボトムアップによる水辺利活用実験

今回、水辺の公共空間を活用した利活用実験を展開するにあたり、基本的に、同僚のもう1名と私の2名で、施策立案、上司への説明など庁内合意、報道発表・対応、SNSでの発信、イベント時の現場の差配、近隣対応、議会や関係者への説明などの作業を行っていきました。

まず、担当レベルで企画資料のたたき台を作成。議論しながら、手直しします。その後、課長、部長と協議。「なぜやるのか」「いつからやるか」「どのようにやるか」を一つひとつ、詰めていきます。今回の取り組みは、行政で管理する水辺の公園の一角のスペースに、飲食店事業者が所有するキッチンカーを使って、ドリンク、フードを提供することで利活用につなげるもの。

事業者に出店いただく際の条件としては、コロナ対策として衛生セミナーの受講、キャッシュレス決済への対応をお願いしました。アルコールの販売については従来、市内の公園での販売は認められていなかったのですが、飲食事業者から強い希望が以前から出されていたため、我々利活用担当と管理担当課で協議を重ねて、今回の社会実験に限り、認めてもらうことができました。このあたりは行政の動きがないとルール緩和は難しいので、地味に重要です。

出店者が決まれば、報道発表、チラシ・ホームページ作成、SNSでの情報発信、出店スケジュールシステムの製作などをほぼすべて直営で行いました。出店中は、利用客の反応を検証するために、アンケートを職員自ら実施。直接声を聞くことで、手応えも感じられました。このあたりの作業は、労力も時間もとられるので、ひとりではせず、適切に役を割り振りしながら、チームで行うことも大切です。

地元放送局作成の動画(動画では7月までとなっているが11月まで延期)

このように、企画立案から庁内および対外的な合意形成をイチから行い、実施にこぎつける過程はとてもやりがいがありました。なにせ初めてなのですから、答えがありませんし、他市の事例もほとんどありません。武器は、職員自らの頭と手のみなのです。でも、できるのです。

しかも、こういったボトムアップ型の事業は、通常立案から実行まで時間がかかるのですが、コロナ下ということでスピード感が求められていたおかげもあり、それほど時間をかけずに実行することができました。通常、上の方から、「まだ時期尚早だ」「公平性を確保するため公募とせよ」などと言われることもありますが、今回はあまりそういう煩雑なことはなく、事業者の支援になる取り組みなら、ということで、上司も応援してくれました。

あと、私の場合、普段からの上司や同僚との関係性も良好だったことも大きいです。普段から基本的な人間関係が構築できていないと、いざ事業をやるときに、事業の中身以前の問題が発生し、うまくいかないものです。

このようなボトムアップを通じて、やはり大変ではあるものの、自分自身も経験値が上がりましたし、上司や同僚など、周囲との協力することの大切さも改めて学びました。これから公務員人生を送る上で、ひとつの成功体験を得られたことはとでも大きいと思っています。

4.おわりに〜各自の職場でボトムアップを実践することの必要性

ボトムアップ型の取り組みは、自分の提案したことを実現できるやりがいと醍醐味がある一方で、結構大変です。合意形成では、課長、部長、副市長、市長という役所の上位階層に向けて、ひとつひとつ、説明を繰り返していく作業が必要ですが、労力と時間がかなりかかります。

当初案が最初から完璧で、非の打ちどころがないということはないので、たいていは精度が低い段階から、上に話をしていくことになりますし、ひとつひとつ上に上げていく過程ごとに、修正が生じることも多いです。また、「ここの団体にも説明にいかないといけない」みたいな行政特有の指摘もたくさん出てくるわけです。そのたびにそれをクリアしていかないといけないです。

また、大抵は、幹部説明は基本的に役職ごとに行う必要がありますし、議員、地元公民館や自治会に対しても、個別に会って説明するのですが、人によって関心も違いますし、指摘する内容が違います。なので、その都度どうしても修正が必要になりますが、修正を重ねていく度に、しっかりとした骨太な企画となってきます

私はたまたま水辺利活用という、以前から取り組みの機運が高まっていた分野で、コロナ下という事業者支援への追い風があり、ボトムアップは比較的やりやすかったのですが、市役所や他の行政組織などでも、担当レベルの「こうしたらいいのにな」という課題意識を、単なる意識で終わらせずに組織として施策化できれば、組織が活性化しますし、若手も自分の企画が実現できれば自信にもなります。

私も、今回一定の成果が得られたものの、取り組みはまだ始まったばかり。新たな課題も出てきており、今後も継続して実験に挑戦していくこととなりそうです。

私は、仕事において、選択肢が複数あり迷ったときには、大変でも面白そうなほうを選ぶようにしています。それぞれの職場で、これやったらいいのにな、と思っていることがあれば、ボトムアップでどんどん上司に提案してみてはいかがでしょうか。きっと面白いことが起こると思います。