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日本の「自分で『始めた』女たち」#3河田智子さん(イベントプランナー・イベントディレクター)/後編

「ひとり親方なので、こいつで大丈夫かと思われるときがある。
でもイベントって、会社の規模とか人数じゃないんですよね」

後編(全2回連載) ※前編はこちら

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河田智子さんプロフィール

大学卒業後、大阪で演劇や自主映画の興行のプロデュースの仕事に携わる。その後、故郷の香川県に戻り、イベント制作会社、広告代理店勤務を経て、2006年10月に個人事業主として「オフィスともまる」を立ち上げる。2016年1月に法人化し、社名を「株式会社クロコズ」に変更。手がけたイベントは、国際的な音楽コンクールや、国や地方自治体のイベント、企業のイベント、マルシェ、講演会、オンラインセミナーなど規模の大小を問わず多岐にわたる。
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法人化しても「ひとり会社」なのは変わらない

中村 河田さんは2016年に法人化し、社名も「株式会社クロコズ」に変えられましたよね。それまでの個人事業主とは何か変わりましたか。
 
河田さん クライアント直の仕事の場合、個人事業主って信用がないんですよね。株式会社にしていたほうが相手も安心ですし、やりやすいと思って法人化しました。例えば行政の仕事で予算100万円以上の場合、議会で「任せて大丈夫か?」となったりしますからね。
法人化しても「ひとり会社」なので、あまり変わらない部分もあります。クライアントさんによっては本当に会社があるのか見に来たり(笑)。信用されていないのかなって感じたこともありますよ。
 
中村 自分の仕事の値付けって、どうされています?
 
河田さん 人件費に関しては業界の単価があるんです。それが20年ぐらい変わっていない。デフレ脱却したい(笑)。
企画費・制作費は難しいですよね。予算に合わせて金額を出していますが、仕事をする前に見積もりを出しますからね・・・。そんなに手間がかからないだろうと思って安く出したら、実際に仕事が始まったら手間がかかって金額に見合わないことも。安く出したときに限って、手間がかかるんですよ。
企画費は見えないから値付けは難しいです。作業にはお金を払ってくれるけど、企画のように形のないものにはお金払ってくれないじゃないですか。
 
中村 私も企画屋なのでよくわかります。値切りとかってあります?
 
河田さん ありますよ。100万円の見積りの仕事を40万円でやってくださいと言われたことがありました。コンペに負けたら企画料を出せないと言われることもありますよね。そういうときは断っています。
断るのって大事。仕事が重なってできないときなど、ムリしてやろうかと一瞬思うけど、そんな時期は外注先も仕事が重なっているのでみんなが忙しいんです。無理にやって現場が「わや」になってもダメだし。断り方も大事です。
あ、「聞かなくていいアドバイス」、もうひとつありました。それは「損してトク取れ」。それって実はこっちだけが損する傾向にあるのでは?
 
中村 確かにそうかもしれませんね…。事業を始めてから、ターニングポイントってありましたか?
 
河田さん ターニングポイントかどうかは分からないけど、断れるようになったとき、かなぁ。最初は言われたら何でもしないといけないと思っていました。でも事業を始めて2~3年目から、断るときには早めに断ろうと思っています。断るのは勇気がいります。断ったせいで仕事をくれなくなった人もいるでしょうね・・・覚えてないけど。
 
中村 ハハハ(覚えてないぐらいだったら、それでいいのかも!)
不安で夜眠れないことってあります?
 
河田さん あまりないですね。「仕事がなくなってもどうにかなるわ」と思っているのかな。でも、コロナのときはちょっと不安でした。この仕事やめたほうがいいのかなと思ったり・・・。
 
中村 じゃあ、この先はいつまでやりたいですか?
 
河田さん 65歳まではやりたい、なぜならそれまで年金が出ないから。できるかな?(笑)
私は働くのが当たり前で、働くことで社会との接点を持っているから、働かない時間は何をしたらいいのか分からない。働かなくても人生を楽しめる人っていますよね。友達とか家族にもいるけれど、私はそういうタイプじゃないって思います。

イベント現場の河田さん。ディレクターは一時もじっとしてはいられない。

成功とは、自分の納得する仕事をしてお金をもらうこと

中村 河田さんにとって「成功」とは?
 
河田さん 成功っていうのはないなぁー。自分が成功しているというのでもないし、成功したいというのもない。あ、でも「黒字」かな。自分のしたい仕事を続けてやっていくためには黒字が必要だから。
「自分の納得いく仕事をしてお金をもらう」。自分の成功はそれだけだな・・・。そして、自分の好きなものを自分で買える。それが成功です。
 
中村 河田さん、以前「他者から見た自分の強み」について教えてほしいと、いろんな方に聞いていらしたことがあったと思うんですよ。私も答えたのですが、そのときみなさん、どんなことをおっしゃっていましたか?
 
河田さん ああ、そんなことありましたね!言われたのは「相談しやすい」、「上からじゃなくて、横から、自分と一緒になって仕事を進めてくれる」。「何とかしてくれる」とか、「どうしたらいいか分からなかったことを整理して、道筋をつけてくれた」とか・・・。
 
中村 私にとっても、まさに河田さんはいつも「何とかしてくれる人」でした。きっと、何か心がけていることがおありですよね?
 
河田さん 「おもんぱかる」かな。打ち合わせしていても、お客さんが不安に感じていることを察し、提案する。何かを求められた時に、なるべくお客さんがしたいことができるよう、具体的な内容を2つ3つ提案するようにしています。
例えば「イベントをやったことがなくて、どうしたらいいか分からない」と言われるときには、ステージはこう配置して、などと具体的にイメージが湧くように提案するようにしています。イベントってやったことがない人にとっては、何から手をつけたらいいのか全く訳が分からないと思うんです。なので分かりやすく伝えるようにしています。

仕事で落ち込んだ気持ちは、仕事で立て直すしかない

中村 仕事で落ち込んだときには、どうやって立ち直っているんですか?
 
河田さん それはね、仕事するしかない。
ドラマをたくさん見たりとかの気分転換もしますけど、他の仕事で自信をつけるしかないですよ。どうやって進んだらいいか分からないときも、とにかくやるしかない。
以前、定期的に行われる大きなイベントの事業社選定コンペにクロコズとして参加して、不採用だったことがありました。そのイベントにはスタッフとして立ち上げ時からずっと関わっていて、経験も知識もあっただけにとても落ち込みました。やはり大手企業じゃないとだめなのかって・・・。
いま思えば、落ち込んだ原因のひとつは、プレゼン時に自信がないと自分でも分かっていたことなんです。最後はしどろもどろになってしまって。たとえ大手じゃなくても「うちに任せたらできますよ、絶対に大丈夫です」って言いきれない自分がいた。そんな自分に落ち込みました。
 
中村 当時ものすごーーーく落ち込んでいらしたのを覚えています。どうやって気持ちを立て直したんですか?
 
河田さん 他の仕事をする。それしかないよね。コンペの翌年は仕事が忙しくて、落ち込みも徐々に忘れていきました。この時、大きなイベント仕事は、単独で出るより代理店と組むなど柔軟な考えを持ってもいいのかもしれないと思いました。
 
中村 河田さんが仕事をして得た最大の誇りとはなんでしょう?
 
河田さん 誇り?そんなんないわ(笑)
いろんな仕事で経験したのは、大きな組織と仕事すると必ず一度は「こいつ、ひとり会社だけど大丈夫か」と思われる時が来るんですね。以前、行政の仕事をしていたとき、私が作っていた台本を、他の会社にやってもらうからと取り上げられたことがあったんです。私だと不安だと思われて。
それでも当日の現場では、「あなたに任せてよかった」と信頼してくれるようになるんですよ。
いつも本番ちょっと前になって信頼関係ができる。いろんなことを経て、やっと信頼して頼ってくれるようになったんだなと本番になって感じる。その時は誇らしい気持ちになりますね。
イベント当日って予想外のことが起こったり、トラブルもいっぱいあるんですよ。例えば来賓が来ないとか、渋滞に巻き込まれて遅れそうとかね。どうしようとみんながパニックになっている時に「じゃあこうしましょう」と提案して難を乗り切る。イベントが無事に終わって「あの時は助かりました」「ありがとう」と言われるときは、すごく大きい満足ですよね。
 
中村 ああ・・・それは会社とか関係ない。人ですよね。
 
河田さん イベントを無事に終わらせたときには、自分をほめたいっていうのはあります。それがあるから今までやってきた。
私はひとり親方なので、結構みなさん途中で「大丈夫か」と思って、それが顔に出てるんです。でもイベントって会社の規模とか人数じゃないんですよ。会社が大きくても、現場でやるのはひとりの人だから。そういうことを自分の仕事で分かってもらえてきたことは、誇りですね。
 
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取材を終えて
最後の言葉に、河田さんはこうやって、「ひとりだから信用できない」という世間一般の通説を、静かに自分の仕事ぶりでひっくり返してきたんだなと理解しました。その場で怒るでもなく、愚痴るでもなく、淡々と自分の仕事をレベル高くされてきたんだろうと想像しました。それは、私がイベント現場で見てきた河田さんの姿です。
イベントって、準備するものもいっぱいあるし、調整する相手もいっぱいいるし、考えることもいっぱいです。予算も限りがあるけれども、当日はなんといっても時間に限りがある。一発勝負の部分もあるからこそ、段取りや、先を見ていないと現場は破綻する。どんなに準備したと思っても何が起こるか分からない仕事です。企画内容が良くても、イベントは現場が良くないとダメなんです(これは私が企画した初めてのイベントで、先輩 河田さんから教わったことです)。
そんな火事場みたいな現場で信頼を得てきた河田さん。クロコズという名前のとおり、オモテに出て脚光を浴びるというよりは、黒子に徹して誰かの晴れ舞台を輝かせる。地道とご本人はおっしゃいますけど、地道こそプロの道なんだと、私は河田さんとの仕事を振り返りました。


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