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時間を切り取り、時間と対話する経営

2001年の論文です。最後にダイアローグ・ポイントを掲載していますので、現状と重ねて、本質を問い直すための対話のたたき台にしてください。

               (Watson Wyatt Review vol.19 2001.12)
                             高橋 克徳

1.時間のズレと経営のズレ

 技術や市場の変化が早すぎて、中長期経営計画を作っても意味がない。年次目標ですら、顧客や競合製品の動きが激しくて、目標どおりに進まない。予想だにしていなかった業界再編が起き、事業環境が一変した、など、企業をめぐる環境変化に翻弄され、先を見越した事業展開ができないという声がよく聞かれる。
 確かに、日本企業が抱え込み経営の清算に戸惑っている間に、IT技術の進化が、グローバル化、業際化、ネットワーク化を推し進め、企業や消費者が得られる情報量の急激な増加と情報処理スピードの飛躍的な拡大をもたらした。スピード経営、アジル・コンペティション、組織IQなどの経営コンセプトは、まさにこうした経営の情報処理スピードを速め、機動的な展開のできる経営に転換すべきだと主張している。しかし、この数年間で実際に経営や現場のスピードが高まり、変化への適応力が向上したと、胸を張っていえる企業はどのくらいあるのだろうか。

 問題は大きく2つある。一つ目は、客観的時間の変化に主観的時間が適応できず、ズレが生じていることである。時間をめぐる議論に、時間は実体なのか観念なのかという議論があるが、実体としての時間の変化に、自らの体内にある時間の感じ方、刻み方(体内時計)が合わなくなり、観念としての時間との間に大きなズレを生んでしまった。例えば、IT業界の事業でも、基幹系システムの設計からインターネットビジネスへと進出した場合、事業展開の客観的時間が変わる。しかし、大きな事業転換への舵とりをしても、管理・コントロールする経営主体は従来と同じ時間感覚のまま事業の成長シナリオを描き、達成度合いを同じスパンで確認していく。これでは、現場の時間感覚と経営の時間感覚とに大きなズレが生じ、迅速な行動を阻害してしまう。

 さらに二つ目の問題は、客観的時間の変化そのものが、多様化、複雑化したことで、同じビジネスをしていても、その変化を捉えきれなくなってきているということである。市場や顧客、技術の動きがあまりにめまぐるしく変化し、デファクトスタンダードが定まらないこと、さらに消費者や法人顧客の個客化が進み、同じ商品でも利用ニーズ、購買行動が多様化したことで、どの動き、どの変化に焦点をあてればよいのかが定まらないといったことが起きている。
 一つ目の問題はいわば、外部環境の変化に対して、自分の体内時計を調整できず、時の刻み方にズレが生じてしまったということであるが、二つ目の問題は、時間の動きの多様化により、一つの時計では捉えきれないという、より深刻な問題を示している。


2.時間を切り取る

 これまで時間、時計という言葉をあいまいに使ってきたが、ここでは時間を客観的な態様の変化、時計をその変化を認識するための思考、行動の枠組みと捉えたい。
 経営学において、こうした態様の変化に対する思考、行動の適応という概念で、経営のあり方を示してきたのが、コンティンジェンシー理論である。最も有名な議論は、バーンズ&ストーカーの機械的組織と有機的組織の議論である。安定した環境では、厳密に規定した職務を分担し、規則に基づく権限・統制・コミュニケーションを行い、階層的な構造を維持しながら、組織全体に最良の適応パターンを作り出す機械的組織が有効である。逆に不安定な環境、変化の激しい環境では、個々人が自らの職務を規定し、環境変化に応じて職務を規定し直し、水平的な相互作用をベースに柔軟に適応していく有機的組織が有効であるという。つまり、環境変化の安定性によって、適する組織、経営のあり方が異なるというのである。また、ローレンス&ローシュも、組織は環境変化に対して分化と統合を繰り返しながら自らを調整すると考え、環境の多様性が高まるほど、組織の分化は高度化し、それだけ精巧な統合手段が必要になると述べている。
 このように、組織は環境の変化に適応するように、自らの組織、経営のあり方をデザインし直さなければならないというのが、基本的な考え方である。
 したがって、先述した一つ目の問題の解決、すなわち時間のズレを直すには、客観的時間の変化に適応できるように分化を進め、それぞれの時間感覚に合った最適な経営システムをデザインすることが必要である。同時に、職務体系、組織体制、コミュニケーション体系、経営機構、人材マネジメントをそれぞれ、独立した制度として設計するのではなく、一貫した制度間の連鎖関係を設計することで、変化に合わせて時間のズレを自己修正できる経営システムを実現しなければならない。

 しかし、これだけでは二つ目の問題は解決しない。つまり、あまりに顧客の動きが多様化、複雑化しすぎて、どう適応すればよいかわからないという問題である。この問題の難しさの根幹にあるのが、人、組織の認識能力の限界である。
 この認識論的立場から、組織と環境との関係を指摘したのがワイクである。ワイクは、組織はその認知能力の限界から、客観的環境の一部にしか注意を向けることができず、組織がどのような環境をイナクトする(規定する、囲い込む)かによって、同じ環境に置かれていても異なる行動をとると考えた。さらに、組織を形成するプロセスは、組織におけるインプットの多義性を削減するプロセスであり、イナクトメント(特定の環境を囲い込む)、淘汰(適切なもの以外が排除され)、保持(適応するものが持続する)の3段階からなる自然淘汰のプロセスであると述べている。

 ここで重要な概念が、このイナクトメントという概念である。多様化し、複雑化する環境変化に対して、企業は主体的に適応すべき環境を選び出すことが必要である。言い換えるなら、自らどのように環境、あるいはその変化を切り取るかによって、自らの適応すべき時間、状況をいかようにも変えることができるということである。状況の複雑さに対応できないのは、適切な単位で時間を切り取ることができず、錯綜した時間の流れに翻弄されているからである。


3.いかに時間と対話するのか

 それでは、どのようにすれば自ら適応すべき変化、時間を切り取り、その時間の流れに合った経営、組織をデザインすることができるのだろうか。
 環境変化のスピードが対応可能な範囲であり、しかも週、季節、年間ごとにサイクル性があり、態様の変化をある程度予測できる場合、時間と経営との関係はそのスピードとサイクルの微修正にとどまる可能性が大きい。特に、マクドナルドやセブン-イレブンのように、業界No.1の効率的な事業の仕組みを作り上げ、業界全体の動きをリードできる場合は、自らが主体的に時間をコントロールすることができる。したがって、経営計画を立て、その計画を現場目標に落とし込み、効率的に現場が活動する仕組みベースの経営モデルを構築することで、その対応力を効率化し、高めることができる。
 問題は、環境変化のスピードの変化、サイクルなどの動き方が読めない場合である。この場合、以下の3つの視点で、時間を捉え、変化に対応する能力を高めていくことが必要である。

 第一の視点は、当てるべき焦点を明確にする、あるいは焦点の当て方を変えることである。例えば、変化を起こす基軸となる市場、顧客に焦点を当てる組織に設計し直すことで、変化への対応力を高めていくといった方法である。
 教育・出版事業の企業から、「より良く生きる」ことを支援する企業へと転身したベネッセコーポレーションでは、これまで以上にお客様の鼓動を聞き、お客様と同じ目線で、お客様とともに新しい価値を生み出せる企業になろうと、1999年に大きな組織改革を断行した。それまでの製品別事業部を廃止し、変化の基軸となる顧客単位の組織に編成し直したのである。子供と学生、女性と家族、シニア、学校と先生を事業の単位とすることで、お客様の顔を見ながら、個々人に人的なサービスを継続して提供できる組織にするという、ベネッセの原点を再確認するための改革であったという。
 もともと、通信教育を通じて、顧客と対話し、顧客の成長に合わせた最適な関わり方を提案し、顧客への継続的なサービス提供をし続けてきた。さらに、自分がどの顧客についてよく知り、対話し、考え抜くのかを明確にすることで、より個々の顧客に近づいていこうという意思であるといえる。

 第二の視点は、自らの思いや仮説を顧客に提示し、逆に顧客の思いや意見を受けとり、さらにより良いものを顧客に提示するといったプロセスを繰り返しながら、焦点を当てる顧客や市場と深い対話をしていくことである。
 こうした顧客との個々の対話を大切にし、企業全体が顧客と共に変化し、成長する代表的な企業として、再春館製薬所が挙げられる。ドモホルンリンクルといった肌の基礎化粧品を中心に、製品ラインは7点しかない。しかし、全従業員の8割に及ぶコミュニケーターたちが、顧客との丁寧なコミュニケーションを通じて得た要望、意見を通じて、開発、生産が迅速に対応し、緩やかな自己革新をし続けている。
 対話の基本精神は、良いことも悪いこともすべて社内外にオープンにするということである。お客様からの商品に対する疑問やお礼のメッセージだけでなく、効果が出ないなどといった批判やアンケート結果も包み隠さず、『つむぎ広場』という季刊誌に掲載し、顧客に送付する。また、個々の質問について、電話での対応を望まない人には、綺麗な手書きの手紙が送られてくる。この手紙が素晴らしいのは、単に意見に関する回答だけでなく、自分たちの製品づくり、こだわりについてしっかりと説明した上で、その意見を取り入れるか、取り入れないのかを明確に伝えている点である。また、容器の形が三角フラスコ型になり、底面が広がったことで場所をとるという意見が数多く寄せられると、形状を変えることを約束し、そのプロセスを上記の季刊誌で報告し続けた。
 顧客起点型のマーケティングなどと称して、顧客や市場の動きを調査し、商品開発戦略に役立てている企業はたくさんある。しかし、顧客との対話のプロセスそのものをオープンにすることで、顧客との時間を共有し、顧客とともに成長し、進化していると実感できる企業は、極めて稀である。

 第三の視点は、さらにその焦点に向けて、組織全体の行動のベクトルを収束させ、一貫した動きに変えていくことである。すなわち、顧客や市場にとっての価値を徹底的に追求するために、顧客や市場と対話する組織を起点に、開発、生産、販売が呼応して連鎖していく組織に変革していくことが必要である。ここに挙げたベネッセコーポレーションと再春館製薬所はまさに企業全体が顧客と同じ時間を創造・共有し、進化し続けている企業であると言える。


4.時間と対話する組織のマネジメント

 以上のように、より環境変化、時間の変化の激しい状況下にある企業では、その認知限界を踏まえて、焦点を当てる環境、時間をしぼり込み、適切な対象に、適切な商品・サービスを、適切なタイミングで提示できるようにならなければ、変化に翻弄されるだけになる。そのためには、現場単位での顧客や市場との対話能力を高め、仮説、実行、検証、修正を繰り返しながらより高い価値に収斂させていくことが必要だ。これは、現場の人材における顧客起点の自律的な行動、主体的な行動を引き出していくことを意味している。
 では、このような時間への焦点を明確に持つ、変化との対話型組織を構築する場合、経営の役割はどのように変革すべきなのだろうか。
 自律分散型経営を進める前川製作所では、顧客の動きに合わせて事業展開を加速させるために、5~20名前後の社員からなる独立法人(独法と呼ぶ)を小さな市場単位で設立していく。この独法のなかでは役割を固定せず、全員が市場全体の情報を何らかの形で感じ取り、自ら判断し、自立的に動いていく。同時に、量ではなく質を追求し続けるために、ノウハウを持つ小さな独法同士が機動的に連携し、顧客の中に入り込み、より質の高い製品に仕上げていく。この自律と連携の行動原理を同時追求することができるのは、人は自分で生きる側面と生かされる側面があるといった価値観の共有や、連携を生むコミュニケーション基盤、さらに相互貢献度評価などの仕組みが構築されているからである。

 ここで注目すべきは、経営者の役割である。時間、変化と対話し、その動きを敏感に察知し、迅速な適応を生み出しているのは現場の組織、すなわち独法であり、本社よりも明らかに先行している。そこで経営者は、キャラバンと称した独法、ブロックへの動的情報、顧客のイメージ情報の収集活動に出る。そこで、集めた先端の動きを受けて、経営者は全体としての事業展開のガイドラインを示していく。いわば、ゴルフのOBラインとフェアウエイを示すのである。つまり、経営が先に全社戦略や計画を示すのではなく、逆に現場の計画をただ寄せ集めるのでもなく、経営者が生きた現場の情報を解釈し、その変化の潮流を見極めることで、大きな動きに転化していく役割を担っていくのである。

 このように、自律的な組織単位の活動を加速させ、変化への適応力を高めていくためには、経営者は、分化の度合いを高めていくだけでなく、変化と対話する組織間に一つの動きを創りだし、大きな動きへと統合していくことが求められる。しかし、その統合は、これまでの管理統制による強制的な統合ではない。自律的な行動の間に連鎖の関係を構築していく、収斂のマネジメントである。この自律的な収斂を起こしていくには、相互認知、相互連携、自己制御という3つの行動を喚起する仕掛け、仕組みを構築することが必要である。

 第一の相互認知行動を促すためには、対話に基づく、自律的な関係を構築するためのコミュニケーション基盤を構築することが必要である。情報共有インフラを構築し、対話の基盤となる情報を共有することから、相互の状況を理解し、議論しあうことで、創造的な対話を生み出していく。
 第二の相互連携行動を促すためには、技術、ノウハウ、アイデアを連携、連結するための場やマーケットの構築、生産、販売などの機能別プラットフォームの構築、さらに事業を連結し、大きな動きに変換していくことにドライブをかける評価制度・インセンティブ制度などを構築していくことが必要である。
 最後の自己制御行動を引き出すためには、自らの主体的な行動を検証し、自ら修正と革新を図るための気付き、方向付けの仕組みを構築していくことが必要である。特に、事業への取り組みの成果を検証し、その結果に応じて見切ることによって、より焦点を当てる顧客、市場を企業全体として方向付け、会社としてのビジョン、共通目標に昇華させていくことが求められる。
 変化と対話し、企業全体がその変化に対して自律的に適応していくためには、その行動を生み出すプラットフォームを構築し、企業内に新たな関係性を構築していくことが必要である。


5.時間に翻弄されている企業がなすべきこと

 本稿では、時間に翻弄され、自らの企業が焦点を当てるべき変化を見出せない企業が、時間を切り取るという概念を持ち込み、いかにして時間と対話する組織、時間を制する経営に変革していくか、その視点を提示した。
 ここで重要なのは、時間、変化は顧客や市場だけが規定するわけではなく、自己との対話を通じて形成されるものであるという点である。すなわち、時間は環境だけが決めるものでもなく、自分が決めるものでもない。対話が創りだすものなのである。そう考えると、企業がなすべきことは簡単である。誰と対話するのか、その対話を自らの時間にどう変換していくのか、そのために必要なプラットフォームは何か、そのために経営者は何をするのかを明確にすることである。
 時間に翻弄されている企業が今なすべきことは、共に時間をつくる相手を見定めることではないか。


対話縮小

わたしたちは、わたしたちの会社は、時代の変化とどう向き合っているのだろうか。時間をどう意図的に切り取っているのだろうか。
これからの先の10年の変化に、わたしたちはどう向き合っていけば良いのだろうか。会社の成長と存続のためには、誰とどのような対話が必要なのだろうか。



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