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ネパールに紛争がない理由

ネパールに初めて来た8年前からずっと不思議だった問いがあります。
それはネパールの治安の良さです。

世界最貧国とも言われるネパールですが、意外にも治安は良く、外務省の海外安全HPを見ても「レベル1 十分注意」と最も安全なレベルとなっており紛争なども現在はありません。

紛争等がなく、治安がいいことに越したことはないのですが、他の紛争国や治安が悪い国と何が違うのか、考えてみました。


治安が悪くなりそう・紛争が起きそうな要素

最貧国

ネパールは世界最貧国の1つと言われています。

  • 都市部と農村部の格差

  • カーストによる差別

  • 児童婚・児童労働・人身売買・売春

などの問題が依然として深刻な状況のため世界最貧国や後発開発途上国と言われています。

内陸国であることや面積の小ささ、自然災害の多さなどもネパールの発展が難しい理由となっています。

多民族国家

民族間や異なるイデオロギーを抱える組織間の対立というのは古今東西あることだと思いますが、小国ネパールの民族数は125と言われており、先ほどのカーストの影響もあり民族ごとの格差も存在します。

かつての内戦

ネパールでも治安が悪い時期というのはありました。
それは1996年から10年間続いた内戦期です。

中国共産党の思想に強い影響を受けたマオイストと呼ばれる政党が行ったクーデターにより13,000名の死者が出たとされています。

マオイストについては以前にこちらにまとめました。

治安が良い・紛争がない理由と考えられる要素

植民地支配を受けていない

ネパールの治安が良い理由として最も挙げられるのが、植民地支配を受けたことがないという歴史的事実です。

歴史的に見て国の秩序というのは、それまで維持されていたものであっても大国の介入により既存の秩序が崩壊し、独立後もそれが尾を引いてしまい、結果的に内戦等に発展するということがよくあります。

ネパールについてはこれまでイギリスの保護国となったことはあるものの、植民地支配を受けたことはなく、この点はネパールの紛争発生や治安悪化を防いでいると考えることができます。

他に植民地支配を受けたことがない国としてタイなどがありますが、なぜ植民地支配を受けたことがないかについては緩衝国という役割で説明ができます。

タイの場合はインドとフランスの緩衝国となったことで支配を逃れることができました。
ネパールの場合はインドと中国の緩衝国と考えることができ、歴史的にはインドの傀儡でありながら領土侵攻まで行われていないのは、インド国内の統治の問題もあるかと思いますが、中国と国境を接したくないという考えもあると考えられます。

逆に中国についてはヒマラヤを超えてまでネパールを獲得するのはコストがかかり、さらに後述の要素にも繋がりますが、そこまでしたところで大した旨みがないというのが本音だと思います。

結果的に植民地支配を受けたことがないネパールは大国の影響で発展が阻害されていると見ることもできますが、緩衝国として支配されにくい環境にもあると考えることができ、それが紛争発生や治安の悪化を防いでいると考えられます。

経済活動上や地政学上の旨みがないため、外国から資金が入って来にくい

上述の要素とかなり関連しているのですが、ネパールは魅力的な資源が乏しいため、かつての欧米列強や今の外資系企業など「外国」からのお金が入って来にくい環境にあります。

下に各国の紛争について単純化して示していますが、紛争というのは外国の影響で起こるというのがよくわかります。
※詳細を見ると群雄割拠の状態でたくさんの組織が入り乱れているケースもあります。

【各国(組織)・紛争や治安悪化の原因・双方の資金源や支援元】
◾️ パレスチナ(ハマス 対 イスラエル軍)
・イギリスによる第一次世界大戦における三枚舌外交が発端
・ハマス:税金、カタール、イラン、ヒズボラ(レバノン)、国連?
・イスラエル軍:税金、アメリカ
◾️ シリア(アサド政権 対 反政府軍)
・アサド政権による独裁に対する反発
・アサド政権:税金、イラン、シリア、海外援助
・反政府軍:アメリカ、トルコ、サウジアラビア、カタール
◾️ イエメン(イエメン政府 対 フーシ派)
・サウジアラビア寄りのスンニ派政府に対抗するため
・イエメン政府:サウジアラビア
・フーシ派:イラン、ヒズボラ(レバノン)
◾️ アフガニスタン(アメリカ軍 対 タリバン)
・タリバンによる内戦後の回復、外国勢力の排除
・アメリカ軍:税金
・タリバン:税金、ラピスラズリ?、パキスタン
◾️ ミャンマー(軍 対 少数民族)
・スーチー氏率いる政党からの政権脱却
・軍:税金・企業からの利益・進出している外国企業
・少数民族:鉱物、麻薬など
◾️ ウクライナ侵攻(ロシア 対 ウクライナ軍)
・ウクライナのNATOへの加入を防ぐため
・ロシア:税金、各国へのエネルギー輸出
・ウクライナ:各国の援助
◾️ リビア(国民合意政府 対 リビア国民軍)
・カダフィ政権崩壊後の権力争い
・国民合意政府:トルコ、カタール、イタリア
・リビア国民軍:UAE、エジプト、サウジアラビア、ロシア、フランス

※一方でソマリア、南スーダン、コンゴ、中央アフリカ等はアジア・ヨーロッパの支援を受ける代理戦争型とは異なる状態で紛争が起こっています。

紛争や治安の悪さの最たる例としてはテロなどの武力衝突が挙げられますが、これを行うにも資金が必要です。

つまり、国自体に魅力がなく外国の介入が少ないことで、犯罪組織に資金が流れることも防ぐこともできており、このことが治安の良さにも関係しているのではないかということです。

ニュースなどでは特定の宗教名とともに組織の名前が紹介されることが多いため、宗教対立や宗派対立だと考えられがちですが、実際は資源獲得や経済活動上・地政学上の要所といった要素の方が深く関連しており、そこにつけいる外国組織が代理戦争に加担しているという見方の方が現実的なのです。

「本当に困っているわけじゃないから」は誤解だと思う

本当に困っている人もいる

色々な人にネパールの治安の良さの理由を聞くときに「ネパールは本当の意味で困っている人はいない」から治安が良いという話をよく聞きますが、個人的にはこれは間違いだと思っています。

確かに首都であるカトマンズへ行くとインドやフィリピンなどと比べても物乞いをする人や路上生活者の数は少ないように感じますし、国別の飢餓指数で見てもネパールは60位(上位ほど飢餓が深刻)と最貧国と言われる割には意外と低い順位なのが分かります。

では「本当に困っている人はいない」のかというとそれは違い、人身売買や児童婚などは基本的には生活の困窮から行われてしまう行為です。
特に隣国インドが人身売買の世界的拠点となっていることや、そのインドとの国境の行き来が容易にできることがネパールの人身売買被害を拡大させています。
(被害者数は年間1万人とも3万人とも言われているためはっきりとは分かりません)

ネパールの場合は虐げられている人たちは農村部にいることが多く、カトマンズでその実態を確認することはできません。
戸籍等を持っていないため、都市部へ来ても働けないという人もおり、そもそも被差別カーストでない人であっても仕事を見つけられないカトマンズなどで仕事を見つけるのは至難の業です。
(ネパールでアウトカーストの人口は400万人以上いると言われています)

テロ組織は貧しくない

そもそも貧しい人が多いだけの理由で紛争が起こる、治安が悪いという考え方も改める必要があるかもしれません。

紛争を起こしたり国の治安を悪くしてしまうテロ組織など犯罪組織のトップ層が実は上流階級出身や高学歴というのはよくある話です。
そういった人たちが過激な思想を貧困層へ拡げたり、イデオロギー以外の実利の部分を外国企業や組織に示し資金調達を行ったりすることで犯罪組織として拡大していくのです。
頭がいい人でないとこのような組織マネジメントは行えません。

つまり、貧しい人がいることは治安の悪さと相関関係にありそうではあるものの、賢い指導層の存在やそういった人たちが作った組織へ資金を拠出する外国企業なりの組織も必須なのだと思います。

資金がないだけ

翻ってネパールを見ると、上述のような魅力的な資源に乏しいネパールでは仮にテロ組織を結成し活動を広げようとしても資金を得る先がなく、継続的な活動が難しそうであることが考えられます。

逆に言えば、これだけ虐げられている人の多いネパールでも資金を拠出する組織が現れれば、貧困層が組織化し暴動を起こすことも考えられるかもしれません。

※ちなみにかつてクーデターを繰り広げたマオイストについても資金難が内戦終結の間接的な要因になっているという意見があります。

「治安悪化・紛争発生→貧困」のケースもある

ネパールの飢餓指数が低いという話をしましたが、飢餓指数が高い国というのは軒並み紛争があったり、治安が悪い国です。

貧しい人が多いことが紛争発生や治安悪化につながると考えることはできますが、逆に治安が悪く紛争などが起こることが飢餓指数を上げていると考えることもできます。

そう考えると治安がいいネパールの飢餓指数が意外と低いのも納得できます。

自分に何ができるか

故中村哲さんが好きなのでその影響もありますが、紛争というのは世界で色々ある問題の中でも一番解決すべきものだと思います。

人命に関わり、個人ではどうしようもできなく、一度始まったら第三者の介入が非常に難しく、一般市民は一切の生活ができなくなり、その後の再建にも時間がかかります。

そのため、ネパールにいてもアフガンや紛争問題のことが気になることがよくあります。
しかし、国連やNGOなど専門的な機関でも介入できることは限られているのに個人の自分にできることは寄付くらいしかありません。

もう20年近く紛争が起きていないネパールですが、今の虐げられている人たちが誰かにそそのかされ、武器を渡されたら反旗を翻す恐れは全くないわけではないと思います。
しかし天災とは異なり、紛争は人間同士の問題であるため、極論、人間関係を良好に保っておけば発生を防ぐことができるとも思います。

紛争後の平和構築においてはDDR(武装解除・動員解除・社会復帰)と呼ばれるプロセスが有効だとされています。
つまり社会復帰なくして紛争後の平和構築は完了しないと言うことです。
視点を変えると、あらゆる人たちを1つの社会に取り込むこと自体が紛争予防になっているのだと考えることもできます。

ネパールにおいては、虐げられている人たちが必ずしも「社会」に取り込まれた存在になっているとは言い難いのが現状です。

ネパールだけでなく、日本を含め他国においても「社会」に取り込まれていない人というのは存在します。
ですのでそれぞれの領域で、そういった問題に取り組むことが、大なり小なりの紛争予防になるのかなと思います。

私は私の領域でやるべきことをやろうと思います。
(もう少し余裕が生まれたら本格的な紛争解決にも貢献できるようになりたいとも思っていますが)

最後までお読みいただきありがとうございました。


Twitterでも農業やネパールについての情報を発信しているので良ければ見てみてください。

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