神の預言マガジン(イエス•キリスト信者の印)
神様の言葉を受け取る方法|聖霊の油注ぎから個人預言をするまでの秘密の記録(聖霊様との和解と預言)
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神様の言葉を受け取る方法|聖霊の油注ぎから個人預言をするまでの秘密の記録(聖霊様との和解と預言)

神の預言マガジン(イエス•キリスト信者の印)

愛を追い求めなさい。また、霊の賜物を、ことに預言することを、熱心に求めなさい。(Ⅰコリント14:1)

上記にある聖書の聖句から預言を求めたら、神様の言葉を感じ、人に神様の御心を伝えたことができた経緯の話です。

クリスチャン(神様を信じる人)になると神様の声を聞く=預言(神様の声を預かる)をすることができるってご存知でしょうか?

上記の内容は事実です。
イエス・キリストを信じていて、ならこの事柄を否定しまったら神様を信じることをやめてしまっていることでしょう。

僕は15歳を洗礼を受けて10年以上とこの事実を知らないで生きてきました。

不信仰の部類であった僕が最近、神様の臨在を体験する出来事が増え・・自分でも驚くような霊の体験を重ねることで神様をリアルに感じて声も聞ける事もわかりました。
現在は神様の声を聞く体験をしています

『神がこう仰せになる。終りの時には、わたしの霊をすべての人に注ごう。そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは夢を見るであろう。その時には、わたしの男女の僕たちにもわたしの霊を注ごう。そして彼らも預言をするであろう。(使徒2:17〜18)


個人預言の賜物を取得する場合、下記の道を通る必要があります。

☑️ペンテコステ派の教会で預言学校にいくとコース。(場所によっては入門審査と有料の場合があります)
☑️少ない情報から自分で研究し、やり方を見出す

日本の教会団体でも、カリスマと呼ばれる霊的行いは否定派が多いかもしれません。神学校でも預言の方法は教えません。

この接点に触れられた事は、恵であり、ラッキーです。

本書では、個人的に預言(神様の声を聞く方法)を取得までに得た知識と経験と実践を公開していこうと思います。(一部無料)

もしあなたが「神様ともっと親密になりたい」「預言の賜物を目指している」そんな方は良い参考となります。

また神様の声の疑問や預言をしてきた人は、問題の解決の手助けにもなるしょう。

僕が学んだ預言に対する知識と経験をここに集めました。ちなみに預言する方法の本は多くはありません。
隠された物は書店で並ぶことはないでしょう。隠されることは隠されてきました。

あなたが神様の声を聞き入れ、個人的な預言の手助けになると幸いです。

 わたしの羊はわたしの声に聞き従う。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしについて来る。(ヨハネ10:27)

※この書物を読んだ時、実際に実践していく必要があります。知識だけでは、あなたの世界を変えることはできません。また批判的考えの方は読むのはやめてください。この本書の事柄は強制するものでもなく、新しい教えを開拓するものでもありません。宗教に勧誘するものでもありません。イエス・キリストの信仰生活から霊的センスで『神様の声を受け取る方法』をまとめましたが、地上より本文を書いているので神様からの視点・事実に誤認識がある可能性と神様の世界では一部の情報でしかないことにご了承ください。天の知識を完結したものではありません。

【目次】

1章 個人預言の心構えと重要なこと
・なぜ預言が必要なのか?
・神には力がある
・霊的な賜物の御認識
2章 預言をするまでの知識
・神様のメッセージはどこから?
・個人預言とは?
・預言者とは?
・預言の霊
・ロゴスとレーマ
・預言で覚えておくべき法則と言葉
・幻と夢について
・偽りの幻

『有料エリア』
2.5章 個人預言をする条件
・神の民のため印の確認
・神様の言葉を聞く
・神様の御心
・信仰と従順を交える。
2.7章 個人預言を求める霊の正しい関係
・霊との関係を改めよ
・預言を求める
・預言を求める意味
3章 実践とやり方
・預言の取得の準備
・信仰告白を声に出す
・ひたすら求め続けること。
・霊的UPも実践する
・神様の声を聞き方
・預言の実践
・預言を語る
・神様の声だと感じるコツ
・とりなしの預言
・会衆で預言を用いる時
3.5章 個人預言を受け取った後
・預言後の吟味と確認
・預言の成就は時がある
・預言を外したら
・預言の更なる指名
4章 霊的感覚
・預言の妨げの声
・聖霊と悪霊の違い
5章 注意点
・預言の注意点
・預言を多くした者が天国に行けるわけではない(注意)
・預言をする【補足】
・終わり

1章 個人預言の心構えと重要なこと

なぜ預言が必要なのか?

預言をする目的は、人に慰めを与えたり、神様がご自身の思いと意図を伝えるためです。
また、悪魔の策略を暴く事もできます。

預言をすることで下記のことが表せれます。

  1. 神の言葉を明確にする(マルコ16:20)

  2. 教会を建てあげる(Ⅰコリント14:3)

  3. 預言は徳・勧め・慰めがある(Ⅰコリント14:3)

  4. 個人の祈りに応える

  5. 警告を与える(使徒21:10)

  6. 教会の説教や個人で語られることの確証になる

  7. 天の情報を与える(悔い改めと繋がる)

  8. 希に裁きが与える(回心のために罪を明らかにする)

預言のメリットというのは多数で、神の働きとしては大きいポジションです。

例えば、世間のこの出来事はこういう出来事が起きていますっと感じ。

神様は心を見る上で全てを暴くことができます。 僕も預言をしますが、相手に「なんで知っているの?」とおどかれることがあります。
なんせ相手が教えてないことを当てるのでビックリされます。

その心の秘密があばかれ、その結果、ひれ伏して神を拝み、「まことに、神があなたがたのうちにいます」と告白するに至るであろう。(Ⅰコリント14:25)

 そして、教会の徳を高めるためでも有益です。


しかし預言をする者は、人に語ってその徳を高め、彼を励まし、慰めるのである。異言を語る者は自分だけの徳を高めるが、預言をする者は教会の徳を高める。(Ⅰコリント14:3〜4)

神には力がある

同時に神の国では、力があるということも感じてとっていかなくてはいけません。

私たちは、肉の世界の生き物なので物理的力でしか判断できませんが奇跡の中では神の力が働いているからこそ神の業と感じる必要があります。

全てが神の業でなされています。
疑うと主は「いつになったら信じてくれるの?」となります。

奇跡が起きたら素直に「すげーー」って感じていくこと。そうすると神様も「もっと業を見せたあげようか?」と喜びます。信仰の強化にも繋がりますしワクワクしますよ。
どんどん神の力を信じていきましょう!

神の国は言葉ではなく、力である。(Ⅰコリント4:20)

霊的な賜物の御認識

不信仰の話をしようと思います。
それは聖書時代の生きた話を過去話にしてしまうことです。
いわば聖書を歴史の話で終わらせてしまうことです。
聖書を神学や文学の扱い、学者になってはいけません。

預言の話をしますが、聖書を読む中でもう預言は終わったと言う人もいます。
神の霊は、休むことなく絶えず注がれ続けています
預言の賜物について誤解を解くと、預言は新しい啓示なのでなく、聖書に書かれた事を満たすために語ることなのです。


例えば預言や異言の否定派は下記の聖書の引用します。

 愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。(Ⅰコリント13:8)

預言否定派は、こう言うでしょう。「もう異言や預言をしていた時代は終わった。使徒の時代はもう終わった」のだと。

しかし、否定してはいけません。
聖書にこう書いているからです。

 わたしがあなたがたに命じる言葉に付け加えてはならない。また減らしてはならない。わたしが命じるあなたがたの神、主の命令を守ることのできるためである。(申命記4:2)

 この書の預言の言葉を聞くすべての人々に対して、わたしは警告する。もしこれに書き加える者があれば、神はその人に、この書に書かれている災害を加えられる。また、もしこの預言の書の言葉をとり除く者があれば、神はその人の受くべき分を、この書に書かれているいのちの木と聖なる都から、とり除かれる。
(ヨハネの黙示録22:18〜19)

聖書の言葉を取り除いたり、付け足してはいけない。・・のです。

下記の通り、教会に勧めている言葉があります。

 愛を追い求めなさい。また、霊の賜物を、ことに預言することを、熱心に求めなさい。(Ⅰコリント14:1)

預言を否定すれば上記のみことば を否定・取り除くことをしてしまいます。

聖書で「預言をすることを熱心に求めなさい」と言っているのに
主が求めなさいと言うことに否定し、従わないとする事は神様の指示を無視することになってしまいます。

個人で行う預言は聖書の言葉を変えるものではなく、既にある聖書の言葉を強調することです。
預言をする人、預言を求める人を否定してはいけないのです。これは聖書を否定することになってしまいます。

預言の働きを蔑ろ(ないがしろ)にしてはいけません。
また、同時に御霊様のせっかくの働きを否定しては御霊を悲しませる行為です。

神の聖霊を悲しませてはいけない。あなたがたは、あがないの日のために、聖霊の証印を受けたのである。(エペソ4:30) 
 
けれども真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。それは自分から語るのではなく、その聞くところを語り、きたるべき事をあなたがたに知らせるであろう。(ヨハネ16:13)

預言の目的は、悪魔の惑わしを暴くもの。
悪の働きは預言者の働きを阻止しようとします。僕も何度も霊的に攻撃されました。

2章 預言をするまでの知識

神様のメッセージはどこから?

神様のメッセージは、どのように人に伝えられていくのか?という話をします。

預言の原理とは、聖霊の働きによるものです。
預言は人との会話の言葉や預言者から、夢、幻、天使の訪問、賛美歌、説教・聖書通読・自然災害を通して、小さな声など様々な形で霊の人に伝えます。

実は、日常の中で神様の声を聞くための多くのヒントがあります。

個人預言とは?

個人預言(個人的に神様から預かる言葉)とは、クリスチャンが聖霊の賜物を授かることで神様の声を感じ神様の思いを語る神の業です。

預言者(※後説明)や預言の賜物で預言をする人の場合は、語りたいから語るものではありません。

あくまでも預言は聖霊様を通し語られるものです。預言は御霊の賜物であることです。これは永遠ではありません。(難しいのでスキップで・・)

また聖霊を通し主イエス・キリストの言葉を伝える。

 なぜなら、預言は決して人間の意志から出たものではなく、人々が聖霊に感じ、神によって語ったものだからである。(Ⅱペテロ1:21)

預言は👉神様→聖霊→人へ。こんな流れです。

預言を受けるには聖霊(神の霊)を宿すことが重要。

ここ↑本当に重要です。聖霊様と繋がらなければ、神様の声を聞くのが困難となるでしょう。

つまり、神様と繋がる為には聖霊を授かること。聖霊様と繋がることで神様の言葉でコミニケーションを取ることができるのです。神様の声を聞く・預言をするには聖霊様との協力関係が必要です。

また預言とは、神の御心を思い出させるものでもあります。日曜に教会で行う説教(教え)とは神の知恵を示すものなので少し違います。

牧師は説教者、預言者は神の思いや知恵の啓示を預かり語る人と覚えておきます。

牧師が行う説教は、あるテーマについて学び・研究し事前に下準備をし話します。預言は神の霊感のみ・準備なしでその場で即座に行われます。(ロゴス→レーマ)預言と説教は別物です。

預言を行う人は、信仰と勇気が必要なことも知ってください。
ですが、預言を行う人全員が度胸がある人でもありません。僕も控えめだし、臆病な方だったりします。

預言をする人は繊細な場合だったりします。
預言を語る人の性質にも預言は左右されるということも覚えておきましょう。


預言者とは?


預言者とは=神から預言を召命(しょうめい)使命をもらっている人=キリストの働きを行う人です。もともと能力を与えられた人です。

預言の賜物で預言をする人は、聖霊に満たされた時に預言する人です。個人的に預言をする人は聖霊の賜物である働きです。


では少し預言者の特徴についても少し話をしましょう。

預言者とは神様と近い人で、生まれる前から預言の素質を持ち形成していきます。
生まれながら神様の事を解く知っていて、御国と同じ視点で見ることができ神が考えるように考え、感情も聖霊のように、イエスの栄光を一番に考え、神の思いを自分の思いで語る人です。
世間から最も離れており、自分の感情や利益、金銭感覚も解放されています。なので神に100%頼る人の事を指します。

預言者は突然見たものを直接語ったり、常に神に耳を向けて、いつでも語れるスペシャリストです。預言者も同様に聖霊によって油注がれた時に効果が発します。

僕は預言者ではないですが、預言者は人から外れた道を歩むので苦労をすると思います。
荒野で訓練をするような感じでしょう。

預言者は、人の心を感知し、神様の目的と計画を宣言と神様の能力の奥義を働ける人で語る相手に教え、矯正、裁き、啓示と行います。
使徒と同様、教会の土台を建てる者であり、牧師と同じ権力を持っていると言えるでしょう。


預言の霊

預言の霊というもあります

イエスのあかしは、すなわち預言の霊である」。(ヨハネの黙示録 19:10)

預言者・賜物によって預言をする者以外の信者が、不特定の場所・時間でキリストの油が注がれた時に起こる預言のことを”預言の霊”が降りたと言われます。

例えば、説教中や信者と話している時に「なんか人が変わった様に励ましの言葉が次々と出てくる・・」そんな場面を遭遇したことはないでしょうか?それが預言の霊です。

まだない方は、その内に体験しますので安心してください。

あるタイミングでクリスチャンの信仰を働かせキリストの証をする瞬間が訪れます。

霊は礼拝中にも起こりえますが、どの程度の預言の霊が浸透するかは神の領域なので不明ですが、預言の霊が満たされた状況となるときに語る者・説教者の口から預言が出ることもあるでしょう。

また礼拝に預言者が同席・油注がれた預言者が教会を覆っている場合には、このことが起こりえると言われます。

これは預言の霊であり、イエス様の証です。

 そこで、わたしは彼の足もとにひれ伏して、彼を拝そうとした。すると、彼は言った、「そのようなことをしてはいけない。わたしは、あなたと同じ僕仲間であり、またイエスのあかしびとであるあなたの兄弟たちと同じ僕仲間である。ただ神だけを拝しなさい。イエスのあかしは、すなわち預言の霊である」。(ヨハネの黙示録19:10)

【check】▶︎▶︎預言は信仰による御霊だけの賜物だけによるものです。降霊術者は瞑想・精神統一感情をトランス状態に持っていく必要があります。

ロゴスとレーマ

ロゴスとレーマについても少し触れていきます。
これを覚えると預言の知識として幅が広がるので参考でOKです。

ロゴス=言(λόγος)とは、神様の啓示、制定など・・変えることができない完全な物であり聖書など完結したものを表します。判断の基準とできます。(参照|ヨハネ1:1・14、Ⅱテモテ3:16)

レーマとは、語られた口から出る言葉、音、思い、書かれたもので聖霊様のよる霊感された人からでた言葉。一部。(参照|ローマ10:8、エペソ6:17)

聖書はロゴスで、最高の権威であり、書物としての神様の啓示です。

ロゴスとレーマを分けると、ロゴス(神の言がまとまった完全な聖書全体)からレーマ(聖霊様の霊によって一部の預言)が抽出される。という感じです。

個人預言は、神の言の一部を語るのでレーマとなります。

一応知識として少し覚えておくといいかもしれません。


預言で覚えておくべき法則と言葉


預言を行う・聞く。成就される前に覚えておくことがあります。

  • 預言は、成就前に悪い方向へ行く、現在進行形で行っている。

  • 預言が遅れることが意図とされる。

  • 主は経済の繁栄より、成熟・成長を望まれる。

  • 神様の言には忍耐を必要とする。

  • 貪欲・権力・人気などは祝福の妨げとなる。

預言を受け取っても「意味がわからない」「いつ叶うの?」など疑問を持ちます。

神様の言葉を受け取っても待ち時間や辛抱が起こる事も覚悟が必要でしょう。

預言される言葉の意味合いやメッセージも考えてみます。

「勝利」戦いに勝つ。未戦なら準備が必要。
「忍耐」患難と希望が訪れる意味。
「回復」失ったものの回復。改善・修理。
「わたしはする」わたしたちはする。
「知恵を与える」手に負えない状況や問題に差し掛かえ与えるということ。
「神様の愛を表すよう」苦手なタイプと付き合うという意。
「信仰を持つように」破滅的状況が予想・・・信仰を用いる必要がある出来事が起こる。
「建てあげ・広げ」心を引き伸ばす経験

ちょっとガッカリですが、神様の祝福や恵を与えらる時は谷あり山ありなんですね。

預言を受け取る時に取り手を絶望させることは言いませんが、隠れたメッセージもあることを知っておくと身構えができます。聖書を読む方はわかると思いますが・・確かみんな苦労されています。

ですが、元気を出してください!預言は、忍耐が約束となります。

 怠ることがなく、信仰と忍耐とをもって約束のものを受け継ぐ人々に見習う者となるように、と願ってやまない。(ヘブル6:12)

神様の言葉は励ましや良い知らせなので、すでに約束されたことと信じれば喜んで受け取ることができるはずです。


時についての参考も載せておきます。

神の時と人間の時は違います。霊の世界の時間の方が数倍早いと言われています。

▼人と神の時間の感覚の予想▼

⏰直様・・1日〜3年
⏰すぐに・・1年〜10年
⏰今からこの日・・1年〜40年
⏰わたしはする・・人生の中のある時期
⏰そのうち、やがて・・0000年〜

神様の時間と人間の時間も違うことも覚えておきましょう。

また、私
たちの道と主の道は違うということも覚えておかなければなりません。

 わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い。(イザヤ55:8〜9)


幻と夢について

聖書には、幻と夢についても書いてあります。

この区別にも疑問が沸くと思うのでまとめておきます。

 彼らに言われた、「あなたがたは、いま、わたしの言葉を聞きなさい。あなたがたのうちに、もし、預言者があるならば、主なるわたしは幻をもって、これにわたしを知らせ、また夢をもって、これと語るであろう。(民数記12:6)

 彼は手のようなものを伸べて、わたしの髪の毛をつかんだ。そして霊がわたしを天と地の間に引きあげ、神の幻のうちにわたしをエルサレムに携えて行き、北に向かった内庭の門の入口に至らせた。そこには、ねたみをひき起すねたみの偶像があった。(エゼキエル8:3)

★幻・・エゼキエル8:3、ダニエル1:17、ダニエル2:28、Ⅱコリント12:1
★夢・・創世記41(パロ)、ダニエル1:17(ダニエル)、マタイの福音書1:20(ヨセフ)

神様のメッセージを受け取る時に「これは幻か?夢か?」などと考えますよね。
 
一般的にとは、目が覚めている・起きている状態で見る物をいうそうです。自分の肉眼でリアルに見えたものですね。
例)いつも景色に一瞬黒いモヤが見えた。

は、意識のない時に見る幻です。

映像でも見る幻もあります。
映像の幻とは、頭の中で見える画像・動画・幻想的なイマジネーションです。
例)目を瞑ったらいつもの公園がイメージできた。

想像ですが、見えてるっちゃ見えるので幻と言えるかもしれません。

ちなみに僕の研究では預言で見る時は心の中で映像がうつされることが多くあります。※預言できる人のレベルにもよります。

難易度的って言えば変ですが・・【肉眼で見る幻<夢で見る幻<心で見る幻】の順で見る確率です。一般的には肉眼の幻は稀です。

どれも素晴らしい恵なので比較はできませんが、実際に肉眼で見える人もいます。

ですが、一般的には頭の中の映像で見る幻が多いかと思います。

預言や祈りなどで心に映る映像というのは、聖霊様の霊によって脳裏にイマジネーション=イメージを与えられるので心で見る映像も幻という見解です。

ビジョンも同類です。ビジョンの言葉の意味は、視覚、視力、洞察(先見)、展望、構想、空想、幻影、映像など指します。

神から与えられる啓示・ビジョンでは、光や燃えるような文字もあるそうです。

偽りの幻

僕はミッションの中でイエス様とサタンの霊の判別についても必要だという事を学びました。幻でも偽物があるので、それらを見抜いていく必要があります。

彼らはそむける民、偽りを言う子ら、主の教を聞こうとしない子らだ。彼らは先見者にむかって「見るな」と言い、預言者にむかっては「正しい事をわれわれに預言するな、耳に聞きよいことを語れ、迷わしごとを預言せよ。(イザヤ30:9〜10)

主はわたしに言われた、「預言者らはわたしの名によって偽りの預言をしている。わたしは彼らをつかわさなかった。また彼らに命じたこともなく、話したこともない。彼らは偽りの黙示と、役に立たない占い、および自分の心でつくりあげた欺きをあなたがたに預言しているのだ。(エレミヤ書14:14)

主は仰せられる、見よ、わたしは偽りの夢を預言する者の敵となる。彼らはそれを語り、またその偽りと大言をもってわたしの民を惑わす。わたしが彼らをつかわしたのではなく、また彼らに命じたのでもない。それで彼らはこの民にすこしも益にならないと、主は言われる。(エレミヤ書23:32) 

★霊の見極めについては、後半にて解説です。

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クリスチャンです。 15歳で天国に行くために洗礼のバプテスマを受け神様を信じるクリスチャンとなりました。 その15年後あたりで、やっとまともな信仰を取り戻し聖霊のバプテスマを受けて主の声を聞き霊に導かれています。 イエス・キリストに遣える僕として神様のメッセージを届けていきます。