僕が本当に嫌いだったのは女ではなくて
※「僕」という一人称を使ってはいるが、僕たち総体としての性自認は女性である。
小学校低学年の頃、「女」が嫌いだった。
僕は男の子になりたかった。
小学3年くらいのころ、女子ひとりで男子のキックベースに混ざったりしていた。男子に混ざって遊ぶことが、僕にできる「男子に近づくための手段」だと思っていた。
陰湿な悪口よりさっぱりした会話を。外で走りまわる解放感を。大胆でいることが褒められる雰囲気を。
人は接する機会の多いものに少なからず影響を受ける。彼らとよく話し、たくさん一緒に遊び、彼らの振る舞いを真似ることで、僕は「男子」を自分のものにしようとしたのだ。
高校生になった僕は、男性色の強い部活に入った。
男っぽい服装が推奨され、「らしい」振る舞いが求められた。
楽しかった。僕は合法的に「何か」から解放されていた。
だが、その時に気づいたのだ。
僕は僕が求める「男の子」には永遠になれないのだと。
どれほど見た目を男の子らしさに寄せても――いや寄せるほど、男とは違う線の細さ、骨格の違いが自分の目で見て分かってしまう。
どれだけがんばっても、さっぱりした話し方ができない。僕は言葉を尽くしてじっくり語る、繊細なコミュニケーションを必要とする人間だった。
男っぽくしたい一方で、いわゆる「かわいらしいもの」も好きであるセンスをどうすることもできない。
そもそも持ち物や生き方に「男っぽい」「女っぽい」はなぜあるのだろう?
考えるうちに僕は理解した。
僕が本当に嫌いだったのは女性そのものではなく、女性についてくる「こうあるべき」とでもいうような概念――つまり「ジェンダーロール」だったのだと。
誰に何を言われたわけでもない。周囲にそういう大人はほとんどいなかった、と思う。
それでも僕はメディアやアニメ、本の中からそれを吸収していた。
女性は結婚したら幸せになれる。
女性は男性に比べて陰湿な悪口を言いがちだ。
女性は母性に溢れている(いなければならない)
女性は受容するもの、包容力があるもの。
女性は子どもを産むもの。
当然、その子供に愛情を感じられるもの。
家事を担って男性を支えるもの。
家の中でおとなしく文化的な活動にいそしむもの……。
数え上げたらキリがない。
しかしメディアが悪いとは思わない。
問題だったのは、受け取った情報を打破できるだけのロールモデルが周囲にいなかったことだと思う。
つまり今はますます「そういうのってちょっと違うよね」という風潮が広がり始めているものの、ジェンダーロールは人間の振る舞い方に深く根を張って行動を規制しているのだ。
もし当時の僕の周りに、専業主夫や、「DIY女子」ではなくガチめの土木をやるような女性がいたりしたら、僕は得た印象を柔軟に変えられていたと思う。
実際は「子どもを産むかもしれないから、体を大事にしないと」と言われたり、珍しいことのように「やんちゃ」だと言われたり……言外に「女性はこうあるべき」を香らせる言葉を投げかけられてきた。
それらがメディアから受け取った印象を強化してしまったのだろう。
確かに気づいてはいた。
男にも陰湿なヤツはいる。さっぱりと明快に話す女性もいる。
「趣味は料理」の男性がいる。
縫い物の上手い男性がいる。
工具の好きな女性がいる。車の好きな女性がいる。
そこにいるのは「男性」「女性」ではなく「人間」だ。
皆同じ人間のはずなのに、人間性や好みに「男性らしさ」「女性らしさ」が付随することの矛盾をどう理解して良いか、当時の僕には分からなかっただけなのだろう。
僕は男らしさを求めることで、女性に明に暗に求められるジェンダーロールから逃れようとしていたのだ。
だがそれは「男になりたい」と必ずしも同義ではなかった。だからどうすれば良いのか分からなくなっていた。
今の僕は、車が好きだ。
シックな色合いの文具が好きだ。
つるりとしたアップル製品が好きだ。
かわいいスカートが好きだ。
ポケットの深いメンズのズボンが好きだ。
セミロングの髪を気に入っている。
ジェラピケで売っているようなもこもこかわいい部屋着が着たい。
家事は基本的にめんどくさい。
よく植物を枯らす――。
僕を構成する趣味嗜好や特徴を、挙げていけばきりがない。
ジェンダーの概念は、そのすべてに「女らしい」「女らしくない」を振ることができるだろう。
僕はそのすべてを否定したい。
僕は女性である前に「人間」であり、「僕そのもの」以外ではありえないのだから。
本当はこういうものを「男」と「女」で分けることがおかしいのだと思う。
僕は何かを見た時に「男っぽい」「女らしくない」と思うことをやめたい。やめようとしているところだ。クセのように残ってしまっているから、気づくたびに自分を修正している。
うっかり僕より小さい子に向かってそんなことを言わないように。
何が好きでも素敵で、「あなたらしい」ことが良いんだよ。
僕が必要としていたかもしれない、そんなメッセージを、他の誰かに言えるようになりたいと思う。
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