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女たち、それぞれ 愛国者学園物語   第193話 

 愛国者学園における強矢悠里(すねや・ゆうり)の生活

は、彼女の好奇心を満足させたのであったが、腹立たしいこともあった。それは、あのルイーズ事件だ。学園が開学してから2ヶ月後、6月のある日の出来事だった。

 フランス人で、

有名な動画配信者ルイーズ

が、学園の校門前で生中継を始めた。よく言えば率直、見方を変えて言えば、口が悪い彼女は、そこで、下校しようとしていた強矢たちと鉢合わせしてしまった。

学生たちがいないと思って配信を始めたのに、その前提が崩れたわけだ。彼らは敵対し、大人だが、多勢に無勢のルイーズたちはそこから逃げようとした。それに怒ったのは、小学校1年生の強矢である。

彼女は大人たちに向かって、
「待ちなさいよ!」
と怒りを投げつけた。

 結果、学園の子供たちは逃げるルイーズを追いかけて、学園前商店街を走りまわったのだが、そこに、

あの三橋桃子(みつはし・ももこ)が介入した

のであった。強矢からすれば、もう少しでルイーズたちを捕まえられたのに、あの肉屋のおばさんが邪魔をした……。

(あんな奴、いなければ良かったのに)


 強矢は間に割って入った桃子をにらみつけた。学園の子供たちは、学園の目の前の店で肉や惣菜を売っている桃子に好意を抱く者と、彼女を好かない者に二分されていたが、強矢は後者だった。

 そういう前提にプラスして桃子の介入が起きたので、強矢の怒りは噴き上がった。

 結局、ルイーズは交通事故で死んだけれども、強矢は自分たちの手で彼女を袋叩きにすることを夢見た。捕まえて、殴る蹴るの攻撃をしてから、自分のアーチェリーで矢を放つのだ。

(あんな奴、あたしの矢で……)

小学1年生の強矢悠里は乱暴者だった。


 翌年、強矢が2年生になった夏。美鈴はあの西田との問答の日々を終えて、退屈ではないが、毎日の仕事にやりがいを感じなくなっていた。あれは、愛国者学園と日本人至上主義について深く考える手掛かりを得られる機会だったからだ。問答が終わって9月に入り、残暑と冷たいビールのコンビを楽しむ日々を送っていたある日。

美鈴は桃子から思わぬことを告げられた。

それは自分の養子にならないか、自分は長い間そのことを考えていたのだ、と言うのだ。

(叔母さんが、私のお母さんになる!)

 美鈴もその問題について考えたことはあったが、それを口には出せずにいた。だから、桃子の申し出はありがたいものであった。美鈴は高鳴る胸を押さえ、パソコンの画面に映る桃子をじっと見すえて、提案を受け入れると答えた。そして、それを聞いて涙を流す桃子を見た。

美鈴の心が熱くなった。
「お母さん」
と言うと、瞳の中の母が涙でにじんだ。

 強矢の人生にも変化があった。小学2年生になった時、学園側から「

接遇員

(せつぐういん)」になるように言われたのだ。それは、学園生の中から選抜された接待係だった。学園にはよく日本人至上主義者の政治家や有名人がやって来るので、彼らに茶菓を出すのがその任務だった。そしてこれは、選抜された学園生ということで、国旗掲揚(けいよう)学生や学園旗旗手と並び、名誉なポジションと言えた。


 

軍隊式の階級制度を取り入れたこの愛国者学園では

、これらのポジションをまかされることは、学園生のエリートになることと同じだった。そして、選ばれない学生の左胸には表彰歴や選抜歴を示す略じゅ(略綬)がほとんどついていないが、選ばれた学生の左胸には、幾多の勲章で輝く軍人のように、たくさんの略じゅがつくのだ。強矢悠里の左胸にも、接遇員を示す、茶道の湯呑みをかたどった「接遇員き章」がついた。

 強矢悠里は選ばれたのだ。だから、それが決まった時の彼女の喜びようは大変なものだった。そして、その反対に、他人を見下す態度に拍車がかかったのであった。「選ばれない学園生」たちからは、接遇員は「茶坊主」と呼ばれて憎まれていたが、得意絶頂の子供にそんなことが耳に入るわけもなかった。


 桃子も美鈴も強矢もそれぞれの人生を生き、次のステップへと進んでいた。

続く
これは小説です。


次回 194話「吉沢友康議員」。熱く語りかける彼の心の中にはなにがあるのか。そして、彼にひかれた人々とは? お楽しみに。



この第43話の中に、「待ちなさいよ」と言った女の子がいますが、それが強矢悠里です。

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