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肉屋のおばさん 愛国者学園物語 43


 あたりは急に静かになった。その様子を見守っていた視聴者たちにも、現場の不気味な沈黙は届いたのだ。もちろん、彼らは黙らなかった。

「こえー」
「なんなんだ、こいつら」
「く@ガキども、止めろ」
「暴力反対」
「敵意敵意」
「公開処刑だ」
「さあパーティーが始まるよ」
「これはディエンビエンフー包囲戦の再現だ」
「いやカンネだ」
「スターリングラードだよ」
「包囲戦終了」
「白旗を降れ、早く」
「war is over」
「ルイーズ、降参しないと@されるわよ」
「神よルイーズを救いたまえ」
「う@@したい」


 包囲戦の敗者であるルイーズたちは、自分たちを取り囲む人垣をかき分けて、その場を離れようとした。その時は、子供たちもなぜかそれを邪魔はせず、二人を通した。彼女たちは何も言わず、その場を少しずつ離れたが、そのままで済むはずがない。

「待ちなさいよ!」
ある女子の声が、二人の背中に刺さった。脱出しようとしていた二人は一瞬、その声にたじろいだが、足を止めることなく商店街を進んだ。しかし、子供たちの心には火がついたままだった。

「おい待てよ、逃げんのか?」
「どこ行くの? 待ちなさいよ」
「警備員はどこだ」
「待ってよ」
「逃すな、追え、あっちだ」
「このヤロー、捕まえろ」
「逃げないでよ、卑怯者」
「逃がさねえぞ」
子供たちは言葉を投げつけた。そして、ルイーズたちを追いかけようとしたその時、ある人物がその行く手に立ちふさがったのを見て、彼らは追跡を中断せざるを得なかった。

「だめ、追いかけちゃ。止めなさい」

 そして、その人物は現場から離れようとする二人組に追いついて、声をかけた。子供たちには聞こえないように、ある程度距離を取ってから。

 その女性、つまり、みつはし肉屋の三橋夫人は、ルイーズたちが中継を始めたころからその様子を遠巻きに見ていたから、愛国者学園の子供たちとルイーズ側で激突が起きそうな気配があることも察知していた。

 おばさんは、サヨコに

「やばいわよ、早く逃げなさい」

と、やんわりと、そして命令口調で言った。しかし、サヨコの通訳を通してその意味を知ったルイーズは、子供たちに包囲された時に見せたショックはどこへやら、勝気な性格を取り戻し、おばさんを睨みつけるような顔をした。おばさんは、その様子にあきれながらも、

「早く行きなさい」

と言い、サヨコは

「すみません」

と返事をして、怒りに震えるルイーズをうながしてその場を去った。

 おばさんは向き直り、異様な雰囲気を湛える子供たちに対峙した。
子供たちは、突如として現れ、敵を逃してしまったおばさんに不満だった。しかし、肉屋のおばさんは、愛国者学園に通う多くの子供たちにとって、良き友達であり学園の母のような存在だ。美味しいコロッケや唐揚げなど、手軽なおやつを売ってくれる「みつはし肉店」のおばさんだから、無視はできない。

 子供たちは口々におばさんに訴えた。
あの二人組が勝手に愛学を撮影して何かレポートしていた。
彼女たちは自分たちを馬鹿にするような言動をした。
あるいは、自分を叩こうとした、と言い出す子もいた。
おばさん、いや、三橋夫人は、一度に十人の話を聞いたという聖徳太子のような気分でそれらをキャッチして状況を理解した。

「だからと言って、あの人たちを追いかけちゃだめよ」
もちろん子供たちはその意見に大いに不満だった。それで、ため息と、子豚が発したようなブーイングを送り返したが、肉屋の夫人に子豚軍団の抗議は効き目がなかった。
三橋夫人はそれらに臆することなく、
「だめよ、あの人たちと喧嘩になったらどうするの?」
とやんわり釘をさした。

 すると元気な子供たちは、
「アフリカに帰れって言ってやるぅ」
「尻を蹴飛ばすんだ」と威勢良く言い、
別の子は「ブーブー」と叫んで、仲間たちを笑わせた。

 そんな、やり取りの中で、それに加わらず、目を光らせている子供たちがいた。彼らは二人組の後を目で追いかけ、彼女たちがある中華料理店の角を曲がって住宅地に入ったことを確認すると、学園から支給されたiPhoneで、仲間に連絡を取った。そして、静かに、三橋夫人や同級生たちの前から姿を消した。愛国者学園の学園生は、野外学習と称して、エアガンを撃ち合う訓練や、敵を追跡する「演習」も繰り返していた。そんな彼らにとって、ルイーズを追うことなど、難しくはない。

追跡劇の始まりである。


続く


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