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日本なんて壊れちゃえ  愛国者学園物語191

 「いいーじゃないの、そんな日本なんて壊れちゃえばいいのよ」

美鈴は桃子叔母をまじまじと見た。
桃子が鋭い視線を送ってよこした。
「あんた、あたしが酔っ払ってると思ってるんでしょ?」
美鈴は頭を振った。
桃子はきつい口調で言った。
「そんな国なら、そんな日本なんか、戦争でもなんでもやって壊れちゃえばいいのよ」
美鈴は言い返せなかった。

「いいじゃないのさ、みんな壊れて、たくさん犠牲者を出して、世の中をリセットするのよ。日本人は自分で自分を変えられないんだから、戦争でもなんでもやって、日本という国が壊れちゃえばいいんだ! それしか、それを直す方法がないんじゃないの?

桃子の目つきが怖かった。


 「日本人は集団社会の生き物よ。正しい意見を持った個人よりも、誤った意見にとらわれた集団に従うことをよしとする人間たちなのよ。その極端な例が、第二次世界大戦じゃないの。零戦を1万機も作っておきながら、米軍の空襲を防げなかった日本。その結果が東京大空襲と、ヒロシマ、ナガサキじゃないの……。この名古屋だって空襲されたのよ」


 桃子は早口でさらにエピソードを並べた。戦争末期の日本では金属などの物資が欠乏していたのに、軍部はエンジンが6つもある巨大な爆撃機「富嶽(ふがく)」を大量に製造し、それで米本土を攻撃する計画を練っていたこと。ろくに物資のない日本がそんなことを実現させようだなんて、当時の軍部はどうかしている……。


 「補給をろくに考えない軍事作戦で何人の兵士が死んだのよ。インパール作戦はなによ、あれ。それに、神風特攻隊や人間魚雷回天であれだけの若者を自爆させたのに、米軍の足を止められなかったじゃないの。私はね、特攻隊を馬鹿にしているんじゃないの。あれに参加させられた人たちは気の毒に思っている。だけど、ああいう作戦を考えついた連中は馬鹿だと思うわ。歳を食った兵隊とか、偉い人間が自爆すれば良かったのよ」


 それらのエピソードはジェフの軍隊批判「カッコいい軍隊に気をつけろ」に出ていたので、美鈴は桃子の話をすぐに理解出来た。


桃子は何かを強く噛み締めるような顔をしたまま、海を見ていた。そして、しばらく、そのままでいたが、やがて口を開いた。


 「日本は集団社会だから、正しい個人の意見よりも、間違った集団の意志を尊重するのよ。それが日本人よ。そして、大きな犠牲を払う……。今度は、戦争じゃないわ。

だけど、日本人至上主義者たちが社会をコントロールしてる。それなのに、多くの日本人は何も言わない、言えない、ただ従うだけ。排他的で攻撃的な日本人至上主義のせいで、大勢の人が傷つくわ。

大勢がね……。あんたにそれを止めてほしいとは言えない。一人でそれに立ち向かうのは無理よ。だけど、

集団の恐ろしさ

だけは、心に留めておいてほしい」


桃子叔母の目から涙が流れ落ちるのを見た美鈴は、彼女を抱きしめた。


 夕食は外で食べて、帰宅した二人は、いつもより早く、布団にもぐりこんだ。桃子は寝付けなかった。美鈴には言えなかったことがあったからだ。桃子はあの西田から来た手紙に、すぐに返事を書いた。そして、それに書き添えた電子メールアドレスに、西田の本心が綴られたメールが来たのだ。

 (

……美鈴さんは少々、理想主義的に見受けられます。社会はこうあって欲しい、これが理想だ、こうでなければならない……。


 彼女のそういう性格は、ジャーナリズムの仕事にプラスに働くでしょう。でも、日本人至上主義者たちの怒りを買うかもしれません。私たちの社会は混沌としていて、ある特定の理想像を求めるのは困難です。それに、彼女はホライズンの一員であるから、自由に発言出来るのです。(中略)どうか、自制するように説得していただけませんか。日本人至上主義を抑えることは不可能です。それは日本古来の宗教と王つまり皇族を土台にしているからです。私たちに出来ることは、それにノーと言うことだけなのかもしれません)

 メールには、彼が美鈴を支えることが出来ない本当の理由も書いてあった。その最後に、どうか、この件は彼女に伝えないで欲しい、というくだりを読むことは、桃子には辛いことであった……。


 美鈴も眠れなかった。今日、垣間見た桃子の怒りを覚えている限り、パソコンに叩き込んだ。記憶はすぐによみがえり、桃子の声が頭の中で再生された。

「日本人はいつまでたっても学ばない。何度でも、何度でも、同じ失敗を繰り返す」

(叔母さんは、なぜあんなに怒ったのだろう。肉屋の経営には関係のない話だけど。読書家だから、本から得た知識だろう。でも、なんで泣いたのかしら)


美鈴は最近の自分に起きた出来事を思い出して、呆然とした。
反撃文書の公開から、右寄りの打ち水事件と、ダイオウイカ連隊との出会い。そして「愚行の総和」と、それを書いた西田との対話。対話では、実に多くの話題が俎上(そじょう)にのった。

 美鈴は自身の甘さに心が冷える気がした。愛国者学園について語るには、その根本思想である日本人至上主義について、今以上に知らなければいけない。

それにはもっと多くの勉強が必要だと強く感じた。そして、恐怖がにじみ出た。いつか、あの学校が牙を向いて、自分に襲いかかるかもしれないという恐怖が。

「そのとき」自分は戦えるのだろうかという疑問もある。それに、まだ見ぬ「敵」への怒りも。

美鈴は知らなかった。その敵がすでに学園にいたことを。彼女は美鈴を知っていた。



第3部終わり。第4部に続く。たくさんのアクセスとハートマークをありがとうございました。


これは小説です。




反撃文書とは


右寄りの打ち水事件と、ダイオウイカ連隊


愚行の総和



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