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別の角度 愛国者学園物語179

「不思議な意見だわ」

その声を聞いて、桃子はニヤリと笑って続けた。


 「神風特攻隊を称賛したり、日本が核兵器を持てる運動をするだけが愛国心の表現なのかしら? 自分が生きる社会が壊れないよう、自分に出来ることをするのも、国を愛することなんじゃないの?」

桃子が凄いことを言うので、美鈴はどもりながら尋ねた。

「ぐ、具体的にどんなことをするのよ?」 

「それはね、簡単よ」


 簡単よという言葉に仰天した美鈴を見ながら、桃子は自説を説いた。

「街で犯罪を見かけたら、警察に知らせる。遠くの街が地震で被害を受けたというニュースを知ったら、募金箱にお金を入れる。ネットで中傷をしている人間を管理者に報告して制裁を与える、そういうことよ」


桃子が驚いている美鈴に少し時間を与えると、答えが返ってきた。

 「なんて言うのかしら、それって社会の秩序を守ることよね。それも愛国心だと?」

 

 「そうよ。祖国のために命を捨てること、大袈裟なことをするだけが国を愛することじゃないはずでしょ。

自分に出来ること、ささいなことでもいいから、国を支えるっていうのかしら、そういうことをやるのも愛国心じゃない? 上手く言えないけど。こんな地味なことをするだけじゃ、100万年かかっても、日本人至上主義者たちとは分かり合えないわねぇ……。そこで考えたの。私は、軍事奉仕や軍隊を支持するだけが、自分が愛国心を持っていることの証明ではないと思う。私は軍事ではない、愛国心の表現方法を考えついたのよ」

 桃子は得意の絶頂になり、美鈴からの賞賛を待ったが、返ってきたのは自分を疑う視線だった。

 「それはたったの3行なのよ。まず、国民の3大義務の実行。憲法に書いてある、国民の3大義務、26条の教育、27条の勤労、それに30条の納税。その義務を果たすこと。次が、社会への善行。自分が所属している社会のために、何か良いことをすること。そして、反社会的行為の禁止。その社会や他の国民に対し、悪いことをしないことよ。簡単でしょ」

「ずいぶんシンプルね」

「そう、難しい理論でも、長文の命令口調の文章でもない、簡単なことを考えたの。これでいいじゃない。自分が生きている国家のために良いことをする。それで充分なんじゃないの、と私は思ってるけどね。私はこれを

『3行革命』

と名付けよう」

桃子はガッツポーズをして、一人喜んだ。


 桃子は呆れている美鈴の耳に、次を放り込んだ。

 「それだけじゃないわよ。私がやってる海岸のゴミ拾いだって、愛国心が原動力なのよ」

「えっ、あれ?」

「そうよ。あれよ」

これも思わぬ意見だった。

 桃子の意外な趣味、それが海岸に流れ着いたゴミの清掃なのだ。名古屋に住む彼女はゴミを求めて、伊勢湾各地の海岸に足を伸ばし、その地のボランティア団体と一緒になって、海岸に漂着したゴミや、観光客が置き去りにしたゴミの片付けに汗を流すのを楽しみにしている。そして、そういうゴミを求めて、時には、伊勢湾南部や遠く和歌山の方まで出かけるという、ちょっと変わったおばさんなのであった。

 そのゴミ拾いがどうして愛国心とつながるのだろうか。美鈴は率直にそれを口にすると、桃子は微笑んだ。

「美しい国土を守ることだって、愛国心じゃないの?」

 美鈴は叔母の素敵な笑顔にドキリとしたが、その主張には100%賛成は出来なかった。ゴミ拾いと愛国心がイコールだとは思えなかったからだ。そう思っていると、桃子はそれを見透かして、正直に意見を言うように美鈴をうがなした。


 美鈴はまず、ゴミ拾いをすることが愛国心と関係があるとは思えない、と静かに言った。その後で、

「何が愛国心なのか、私、わからなくなってきたの」

と、本心を口に出した。

 手元の辞書を引いても、『愛国心』という言葉の意味は『国を愛する気持ち』という簡単な答えしか書いていない。

 では具体的に、国を愛するとはどんなことをするのか、何を意味しているのかは、何も書いていないのだ。

 だから、美鈴には、愛国心と言うと国防だと叫ぶ日本人至上主義者の気持ちがわからない。国を愛することが国防に参加することなら、愛国心は戦争の心ではないか。相手を破滅させ、自分の国を灰にするような戦争に賛成することが、国を愛するということなのか?

 かつての大日本帝国は第二次世界大戦というか、太平洋戦争を戦って大きく負けた。そんな当時の日本は社会の至るところに愛国心にあふれた人々がいて、戦争を支持していたのだ。そして、世界史でも稀な自爆攻撃までして、当時の日本を、天皇を中心とする国家・国体と呼ばれた国の体制を守ろうとしたのだ。彼らの愛国心は素晴らしいものだったのだろうか。そういう犠牲を払うことをなんとも思わない愛国心が、多くの犠牲を生んだのではないのか? そのような過度の愛国心にこだわらなければ、沖縄の占領も、広島と長崎の原爆も避けられたのではないか? だが、当時の人々は敵に譲歩するとか、負けるということを考えもしなかったのだろう。ということは、

愛国心とは国家を破滅させる考えではないのか?

 そんな感情を持つだけで、日本国は破滅してしまうのではないのか?


 美鈴はそれらの考えを少しずつ口にしたが、まとめることは出来なかった。だが、桃子に聞いてもらえただけで、胸の奥の重荷が減ったような気がした。

「叔母さん、どうもありがとう」

 そう言って会話を終えると、パソコンの画面の中で、桃子はなんとも言えない優しい顔をした。

続く
これは小説です。

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