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負の側面を見ない人々         愛国者学園物語114


 「ああいう墓苑に、戦争当時と戦後の天皇たちの御製(ぎょせい)があり、それが、あの時代に生きることの困難さと、あの時代を生きていた人々のことを思う歌であるということは、立派な慰霊の言葉だと思う」

 「ええ、そうですね……。あの、私が気にしていることは、靖国神社だけしか見ない、関心を持たない人々のことなんです」
「彼らが貴女の人生に何か関係するの?」
「彼らは戦没者の遺族と日本人至上主義者です。そして、日本人至上主義者たちが愛国者学園に関わっていますが、彼らは戦争の負の側面について考えないらしいのです。

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 遊就館の展示は、靖国神社に祀られている人イコール先の戦争などで英雄的に戦った人々がいかに素晴らしい人たちか、という点を強調しているように思います。ですから、あのような展示ばかり見ていると、敵に対する憎しみが募る(つのる)一方ではないか、と思ったんです。こんなに立派な人たちが、敵のせいで死んだ。敵がいなければ、彼らは死なずに済んだ。立派な人生を送り、祖国日本の発展に貢献しただろう。敵がいなければ良かった。あるいは、敵を全て殺してしまえば、彼らは死なずに済んだ……。

 そういう感情は私の空想の産物じゃありません。実際にあるんです。愛国者学園のウェブサイトでは、遊就館を見学した子供たちの感想文が公開されています。それを見ると、戦争当時の日本にもっと武器があれば良かったのに、とか、アメリカは大悪人だと書いた子供たちがいました。その中で金賞をもらったのは、日本にも原爆があれば良かった、そうすればアメリカに勝てたのにと主張した子でした。その子は、まだ小学校2年生です」
「へええ、そんな子供が大きくなったら大変なことになるな。日本人至上主義の塊になるぞ」

美鈴の心が痛んだ。

 「でも、武器がある、ないが最大の問題ではないと思うんです。大日本帝国の戦い方に問題があり、多くの日本人が死んだ。遊就館には、そういう展示がどれくらいあったでしょうか。日本の主力戦闘機であった零戦は安全装備に問題があり、敵に銃撃されるとすぐに炎上したそうです。また、特攻隊の多くは、敵に体当たりする前に撃墜されました。はっきり言えば、特攻には効果がなかったのです。事実、あれで米軍の攻撃は止まりませんでした。特攻潜水艦の回天もそうです。若者たちの命を使い捨てにしても、戦争の流れは変わりませんでした。

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 日本人の多くは特攻作戦で死んだ若者たちを追悼しますが、そういう作戦に疑問を持つ人はどのくらいいるのでしょうか。少ないように思います。鹿児島県南九州市の知覧町(ちらんちょう)は、特攻隊の多くが出撃した場所です。そこにある、知覧特攻平和会館を訪問する若者の中にも、英霊への感謝の念を強く感じ、彼らを神聖視する人が少なくないようです。

 零戦はトータルで約1万機も製造されました。ですが、日本の防空にどれだけ役に立ったのでしょう。広島や長崎は言うに及ばず、首都東京も大空襲を受けました。私の故郷である名古屋ですらそうです。零戦がそんなに多数あったのに、どうして、米軍機が日本各地を爆撃出来たのでしょうか。

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 戦闘だけが問題なのではありません。旧日本軍の兵たん(兵站)がいい加減で、大量の犠牲者が出たことは事実です。多くの日本兵が飢えて死んだ。あるいは、負傷者の手当てが出来ずに死んだ例は無数に報告されています。インパール作戦のように無理な作戦を実行した挙句、参加した兵士の大半が死んだ例。硫黄島の戦いでは、攻める側の米軍の朝食はスクランブルエッグとステーキだったのに、日本軍は干した米と味噌だけだった。ニューギニア戦線では、日本軍は飢えていたのと正反対に、米軍は缶詰入りの良い食料をふんだんに持ち込んだと、何かで読みました。

 愛国者学園の関係者たちは、そのような事実を、旧日本軍の負の側面を学ぶ機会があるのでしょうか? あるいは、千鳥ケ淵戦没者墓苑のような無名戦没者の墓に哀悼の意を示すことはあるのでしょうか? 彼らが靖国神社にだけ足を運び、千鳥ヶ淵には行かないと公言していることは私も知っていますが。

 知覧で特攻隊の若者の生き様を知り涙する現代の若者は、特攻隊という人類史上稀に見る攻撃方法を考えた人間たちに怒りを感じることがあるのでしょうか?

 勝ち戦や英雄的な将兵の話、あるいは旧日本軍は欧米列強に植民地化された東南アジア諸国を解放した軍隊だ、そういう歴史修正主義の話ばかりを読んでいるんじゃないか、私はそう感じました」

 「美鈴さんは彼らに腹を立てているね」
「ええ。日本人至上主義者たちは、特攻隊や戦争を美化し、戦争の問題点を、戦争の負の側面を、特攻のようなことを再び起こさないという気持ちが薄いんじゃないか。戦争に参加して死んだ戦没者への敬意が強すぎて、そういう問題を考えないんじゃないか。私はそう思っているんです。私自身は決して戦没者を軽んじてはいません。一部の戦犯や問題行動をした人を除けばですが……。


続く

写真は、靖国神社の遊就館で私が撮影したもの。今年の夏、iPhoneで。

鹿児島県南九州市の 知覧特攻平和会館 にもWebページがあり、知覧から出撃した人々の様子や会館の案内を読める。

NHKのサイト 「戦争証言アーカイブス」を利用した。
「戦争証言アーカイブス入門 戦争を知ろう! 空襲」にわかりやすい解説と多数の動画があり、
「7分でわかる空襲」がまとめになっている。

同アーカイブスは誰でも自由に利用出来るので、ぜひ、見ていただきたい。

大川光夫です。スキを押してくださった方々、フォロワーになってくれたみなさん、感謝します。もちろん、読んでくださる皆さんにも。