Slow Speed/雪の洞窟へ(50+30首)
第4回笹井宏之賞落選作品「Slow Speed」50首、第33回歌壇賞落選作品「雪の洞窟へ」30首を同時公開します。どちらも雪をイメージしながら作りました。
(短歌やその順番に変更は加えていませんが、読みやすくするために適宜記号の○を後から入れています。)
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Slow Speed 丸田洋渡
読めば読むほどスピードアップする雪の密室とその密室論議
○
スピードの先にあるもの スピードが置いていかれるとき その夕日
流行りに乗って、高速に乗って、音楽を止めて、料金を支払った
少しずつ躰は眠りはじめたというのに脳が旅に出ている
遠い地の天気予報に雪が降る しずかにカクテルが出来上がる
一昨日の明後日に来たコーヒーの香りが鼻を通って抜ける
いつの間にあなたが傍にまで来ている 見かけ上では遅すぎる雲
空と雲は誓いによって結ばれた あなたは適当にそう言った
よく聞くと婚姻とはまた違うらしい。空に入道雲貼り付いて
Waterfront 湾のかたちに歪ませてソフトクリーム噛んで飲みこむ
太陽と月の接吻 立ち上がりファストフードを受け取りに行く
上目遣いで星を見る コンビニの一直線上にある市役所
ミルククラウン 指の隙間に隠れ見るスプラッタ映画の盛り上がり
飛び降りの音がたしかに聞こえたが絹ごし豆腐一丁だった
進化して退化してまた進化する町に置き去りのゲームセンター
お祭りに違和感がある frenzy みんなの心ここに無い感じ
見ていると自分自身を花火から見下ろしていた 人混みのなか
○
真っ白の巨大建築物のすぐ傍で起こった殺人事件
つまずいた新幹線の男の子あまりにもゆっくり立ち上がる
遠い虹に触れそうになり手を引いた 殺人ってこういうことなのか
冷凍の烏賊も硝子もいざとなれば凶器に出来る 硝子の烏賊も
○
雨の翌々日 黒の自転車で見に行った蛍の小発光
夜の太陽 あなたはいつも本当の名前で呼んでくれるから tear
とろとろの脳内のすべてを捧げ温泉入浴後に競る将棋
白黒がカラーに変わる映像の過渡期を 缶のサイダーは美味い
見せつけるブラックジャック 今何をしてるんだろう夏の除雪車
心には時計があって大幅に指で合わせにいく時がある。
悲しさに遠心力が効くように全力で漕ぐ夜のぶらんこ
フラフープ 月のフラフープ 登り棒 月への登り棒 風の星
○
カラフルな夢の切断面もまたカラフルで朝から動けない
夜が好きなら同じ理由で朝もまた好きになるはず 同じ理由で。
地球上で暮らしている実感がない おだやかな金魚鉢の金魚
裏声に入ってからが怖かった好きであなたが口ずさむ歌
突風にひらりひらりと舞い上がり免許証ふたたび手のひらへ
雪の小屋(ついさっきまで紅葉の小屋だった)から密かに帰る
デパ地下をどんどん行けばいつの日か水上のオブジェに辿りつく
赤色の観覧車 火の、唇の、火の、唇の、火の観覧車
ジェットコースター 頂上で止まる なんとなく儚い この気持ち伝えたい
(光速で愛していたら光速で死ぬことになるという)迷信
雪の渦……窓の向こうを占めている淡い時間のslow speed
夢のあなたは/銃を構えて/引金に/ひとさし指をみだらに/掛けた
○
ホルマリン漬けのカワウソ 雪煙かき分けてゆくスロウ・スターター
もう咲いた花の早合点 静岡を未だに越えられない夜行バス
いつの間にあなたの傍にまで来ていた 水平線上で辷る雲
思いだす時には消えているだろう群れのかもめをしつこく目で追う
囲まれて死んでいくのも良し だけど それは言わないことにしている
終わる兆しに安心している自分がいる。 電車が泣きながらやってくる
遅すぎるくらいがちょうどいい 家に帰ってから聞こえだす波音
エピローグあるいはプロローグのように催眠術のきれいな解除
○
昼を経てようやく夜になる街の街灯をゆっくり見てまわる
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────────
雪の洞窟へ 丸田洋渡
毒杯が手から床へと落ちていく椿のあとは薔薇の玄関
死の光/イワン・イリッチ/洞窟と加速/イワン・イリッチ/光の死
○
今に漏れ出てきてしまうから病室の亡くなりたての祖母への綿詰め
全員を背中に乗せているような焼香の静かな二十秒
カーテンをカーテンと思う 火葬場の自販機が自販機であるように
花の首落として三度日が暮れてその両脇を首が出てくる
ミュシャの四季 子どもがエスカレーターを嬉々として逆走する夕べ
弾く前の恐ろしく静かなホール 息をして 演奏が始まる
地球から離れないようにみしみしと手摺りにしがみつく歩道橋
○
彼の手紙は(郵便局をてこずらせ)(橋と雨とを越え)今ここに
一昨日の私とリビングでぶつかる 飛行機雲がようやく消える
「今もまだ遭難中」の報道に布団のなかで共感している
時の渦。ベートーヴェンの田園を聴きながら濡れていく蝙蝠
幽霊の立場になって考えるそうして終わる秋の一日
行き当たる川の芒を見渡して一つ手前の辻へと戻る
幹が胴、枝が腕だとするのなら顔は何処にもないことになる
山茶花と孔雀 ねじれた銀色のフェンスのこちら側と向こう側
最悪の事態を想いつつ歩く 風が吹くたび喘ぐ吊り橋
彼からの手紙を返す 返信が来るとは思ってもないだろう
○
愛も死と同じで他人事みたい 声なら通さない二重窓
ゆっくりと私は浮いて(風の夜)眠る私の顔を見ている
たましいで(無かったらその唇で)会話がしたい 夜の突堤で
まぼろしの地球が見えてまぼろしの月に居ることゆっくり分かる
白身から固まっていく目玉焼きいつか来る宇宙の行き止まり
子どもの空が変声の季節を迎えペール・グレイの雪を降らせる
違和感が水を飲んでも止まらない むしろ大きくなった気がする
牢に似てどこへ行っても青空の視線が追ってくる日曜日
雪の傘傾けながら聞いている火事とその延焼の話を
ライターで雪の手許を照らしつつ海を拡げる闇を見ていた
○
洞窟へ 雪の洞窟へ 絶対に帰るつもりで奥へと進む
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ご覧いただきありがとうございました。落選についてはしっかり悔しいです。かすりもしませんでした。「雪の洞窟へ」に関しては展開がやや粗くて結局どんな話なのか分からなくなっているなと、今見ると思います。「Slow Speed」は2021年にずっと考えていたスピードについての思索を充分形にできたと思っていて、まあまあ満足しています。
また先日の第三滑走路13号を印刷してくれた方、ありがとうございました。「顛末」や「Ephemerality」の方が、僕が作りたくて作っている方の作品ですのでそちらを読んでいただけて嬉しいです。賞は、もう出さなくてもいいかとは思っているのですが(出して数ヵ月後に無視されて結果がでるなら個人的にすぐ発表した方が作品の鮮度が保たれる、という点で)、単に見向きもされないのが悔しいのと、受賞した上で更に良い作品を作り続けている人になりたい(受賞以後名前すら聞かない、みたいな例が短詩には多すぎる気がします。それが勿体なさすぎる)という思いで、半分執念で出しています。これからも頑張ります。
以下過去作品の宣伝です。ぜひそちらもよろしくお願いします。
GHOSTS
Whisper/Wistaria
Stir/Scarlet
MOONLIT
(俳句)
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