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このスピードを保っていたい

自転車は気持ちいい

自転車(写真の白いやつ)が壊れてしまい、最近、買い替えた。ガチのロードレーサーではなく、数万の似たような、安かろう悪かろうなチャリです。少々、心もとない装備です。

なんにせよ、自転車は気持ちいい。こいだぶん、応えてくれる。ペダルを踏めば、グングンと走りだす。

街中よりも、河原のサイクリングコースや自転車専用道路。安全で見晴らしもよく傾斜も少ない場所、走りやすい環境であればあるほど気持ちいい。視界の両端に街の景色が流れていく。そろそろ日中は暑いので、夜が涼しくてリフレッシュできる。

写真:よくいく伊丹空港のまわりの河原です。

そしてどこかで、どういう速度で、どのぐらい走って、最終的にどう気持ちよくなろうって、なんとなく意識します。気持ちいいというか、気持ちよくできる、気持ちよくなれる、かな。

生身で扱えない力

自転車には変速機がついている。踏み込みのかかり具合と回転数を調整できる。低速ギアは少ない力で回転し、高速ギアは大きな力で回転する。ギアを上げていくことで、いま現在の速さを保ちながら、より大きな力で進むことができる。

漕いでいるとき、ふと、この単純な原理について考えた。力を保存しながら「走っても絶対に出せない速さ」で進むことができる。ブレーキをかけてもすぐには止まれない。世の中にありふれた自転車ですら、生身で扱えない力を使っているんだね。平然と。

走り出しが肝心

過剰な力にはリスクや作法がつきまとう。周りがスピーディに行き交う道を、のらりくらりと進めない。かといって、自分だけが速すぎてもそれはそれで危ない。無理をすれば身体が痛んでしまう。

はじめからうまく、スイスイ進めたなら苦労ない。

「もっと速く」「もっと遠く」「もっと」

と、気持ちで焦らない。右も左も分からずにうろついて、少しずつ周囲を把握しながら、目的地と方向にあたりをつけたら、そこからスピードを上げていく。あとは慣性なのか別の力が一緒になって、このスピードを保っていられるような気がする。たぶん距離が長ければ長いほど、スタートが後半の伸びを決める。

デスクワークで掴めない感覚

先日なかなか気持ちよく走りながら、ぜんぜん関係ない記憶の中のある大昔のプロジェクト(仕事のこと)を思い起こさせたんですよ。

みんなで日夜話して、やることを決めて、試行錯誤を重ねる。全霊を込めてカタチにしていくことの喜び。疲労はあっても、スピードに乗って気持ちよく走れている点が、ちょっと似てたのかもしれません。半分こじつけです。

でも、身体を動かして「気持ちいいな」と思う瞬間って、デスクワークでは頭でっかちになってしまい、なかなか掴めない気がします。

いつでも、走り出してしまえばいいんだと思う。またそんな瞬間を味わいたい。そのスピードを保っていたい。(そして痩せる、痩せるんだ。)


もし、サポートいただけるほどの何かが与えられるなら、近い分野で思索にふけり、また違う何かを書いてみたいと思います。