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コロナ禍のHR➄ ブリッジスのトランジション3段階説、2021年度新卒新入社員、いちご白書をもう一度

日本中の多くの企業があと3カ月足らずで2021年度新卒新入社員を迎えます。

今年の新入社員は少々、特殊な状況に置かれています。

私のいる会社ではすべての採用活動、内定式などをオンラインで行ったため、内定者は誰一人として自分が働く会社に足を踏み入れたことがありません。さらには、そのうちの多くは会社というものに訪問したこと自体がありません。ビルに入って受付を通って会議室に案内されてという当たり前の就職活動でのプロセスはすべてオンライン上で行われました。会社というものに接したことのない新入社員が大量に入ってくるというのは、まさに前代未聞の事態です。これは良いとか悪いとか可哀そうであるとか、そういうことではありません。この状況がどんな問題を生む可能性があるのか、どうすればそれをクリアできるのかを考える必要があるということです。

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  ♬ 僕は無精ヒゲと髪をのばして
  ♬ 学生集会へも時々出かけた
  ♬ 就職が決まって髪を切ってきた時
  ♬ もう若くないさと
  ♬ 君にいいわけしたね
  ♬ 君もみるだろうか「いちご白書」を
  ♬ 2人だけのメモリー、どこかでもう一度
  ♬ 2人だけのメモリー、どこかでもう一度

突然ですが、我々世代であれば誰もが口ずさむことができる「いちご白書をもう一度」の2番の歌詞です。作詞作曲ともに荒井由実、ユーミンです。
私はこの歌をトランジションの歌だと思っています。就職活動の前に髪を切るのではなく、就職が決まって髪を切るのはタイミングが変だなとか細かいことは別にして、何かが終わり、何かか始まる時に対峙しようとしていた人の歌です。

キャリア理論の中でも私が好きな理論の1つにウィリアム・ブリッジスのトランジション理論があります。GCDFでは第4日目に取り扱っていますね。ブリッジスが提唱した「トランジション3段階説」はトランジションを次の3段階で語ります。個人的な経験からも、これはなかなか納得がいきます。だから好きななのですが。

 第1段階……何かが終わる時
 第2段階……ニュートラルゾーン
 第3段階……何かが始まる時

「トランジション」はまずは何かが終わるところから始まります。GCDFのテキストには第1段階はこう書かれています。

「それは必ず何かがうまくいかなくなるところから始まります。その時期には、それまでずっと慣れ親しんでいた場所や社会秩序(活動・人間関係・環境役割)」から引き離されて、もともと持っていた目標や計画に対する意欲がなくなり、混乱、空虚感を感じ、時として自分自身を失うことがあります」

そして第2段階は「ニュートラルゾーン」。宙ぶらりんで不安感一杯の時期ですが、やはりGCDFのテキストから引用します。

「内的な再方向づけの時です。その時期には、昔の現実は色褪せ、過去の成功に確信がもてなくなり、深刻な空虚感を感じます。夢と夢の狭間、一時的な喪失状態とも言えます」

ユーミン作曲の「いちご白書はもう一度」は、この第2段階に浸る素晴らしい曲調だなと改めて思ってしまいます。そして、第3段階「何かが始まる時」はこう語られます。

「始まりは終わりと比較してあまり印象に残らない形で生じます。ただ、何かが違うな、というような変化を若干感じる程度かもしれません。他にも楽な選択肢があるという甘い誘惑に抵抗しながら、少しずつ目標に到達するまでのプロセスを踏んでいく状態のことです」

この「あまり印象に残らない形で生じます」というのがしびれます……。さて、突然「いちご白書をもう一度」とブリッジスの「トランジション3段階説」を引用したのは、これから2021年度新入社員を迎える私たちの側のスタンスを考えるためです。大学から社会への移行。大半の人にとってはこれまでの人生最大のトランジションに対峙する新入社員。このトランジションのプロセスをどう踏んでいくか、それをどう支援していくかはとても重要なテーマです。

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3段階中で特に大切なのは、第2段階であるニュートラルゾーンでしょう。慣れ親しんだ何かが終わるというのは、誰にとってもつらいものです。終わりに伴う喪失感と空虚感を味わいます。しかし、このプロセスをきちんと経ることによって、次のステップへの下地が生まれるのです。

大学から社会への移行は、多くの人にとって、「時期がきたから対峙せざるを得ないトランジション」です。しかし、小学校から中学校、中学校から高校、高校から大学といったトランジションとは、まったく異なるレベルのトランジションです。企業の人材開発担当者はどうしても第3段階しか意識できません。早期戦力を求めて必死に構築する新人向け研修プログラムでは、一生懸命に創り込めば創り込むほど「ニュートラルゾーン」などという曖昧で中途半端なものを許容できなくなります。第2段階を飛ばして、性急に第3段階へ…組織への順応を求めるものになりがちです。下手をすると第1段階にすら対峙できていないところで第3段階が強要される、そんなことが起こりがちです。

新しいことを始めるためには、今までの古いことをきちんと終わらせる必要があります。これがきちんとできていないと、新しいことに正面からぶつかることができません。現実からついつい目をそらしてしまいます。きちんと失恋できなかった人がストーカー行為に至るのもこの心理と同じでしょう。個々人の心のうちをブリッジスの「トランジションの3段階」のように綺麗に3つのプロセスで捉えることには無理があるのはいうまでもありません。ただ、この3段階を意識することは大切です。いかにきちんと「終わり」をつくり、いかにきちんと「始まり」に対峙できるようにするかです。

「いちご白書をもう一度」の登場人物のように、学生のうちに第1段階と第2段階を感じることができていれば、あとは社会に出で第3段階に対峙すればよいだけです。ただ、そうでない人が多数いる可能性があります。新入社員研修のさなかに第2段階に陥る人は結構います。本人はきついでしょう。でも、研修担当者がケアするので大丈夫です。新入社員研修になって第1段階にぶつかる人はさらにきついです。しかし、現場配属後にはじめて第1段階に対峙するほどつらいことはありません。そこで陥った喪失感から健全な「移行」をすることができずに、結果として早期退職にいたる新入社員は全国で毎年、相当人数いることかと思います。
これらは以前から内定時期をデザインするときに思っていたことですが、今年はさらに心して対峙する必要があるかもしれません。これまでの経験上、心配だった層の1つは、例えば第1志望ではない企業に入ったという気持ちを入社の時までまだ引きずっている人です。

今年はどうでしょうか。きちんと「何かが終わる時」を経ることが難しい環境におかれている人が例年以上にいる可能性があります。

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私は内定式はトラジショナルなスタイルにこだわります。それは社会を、そして企業というものを伝えるためです。その意味では内定者研修も大切です。いずれも「何かが終わる時」を考えるきっかけを作るためです。もちろん就職活動も「何かが終わる時」を感じる重要な機会です。

中にはこのトランジションをものともしないレベルの学生もいます。良いか悪いかは別として、逆に何も感じず何も考えずに素直に移行ができてしまう人もいます。でも、普通の真面目な人にとっては社会に出ることは大きなトランジションであるはずです。ですから、きちんとトランジションを意識し、それを味わい、そして乗り越える支援をする必要が企業側にもあると思っています。

大学でのキャリア教育と、厳しく理不尽な就職活動によって、この第1段階にしっかりと向き合うことができていればよいのですが、今年の異常事態ではその機会がかなり弱かったのではないかと推察します。また、卒業旅行、卒業式、サークル・部活・ゼミの追いコン、卒論といったものも、トランジションの意識に有効です。これらの行事も実に意味あるものなのです。しかし、今年はこれらも十分に経験できないかもしれません。

では、どうすればいいのか。ここをこうすれをすればいいというものなどありませんが、最低限次の2つが必要であり有効ではないかと思っています。

➀ 徹底的に新入社員をお客様扱いしないこと。学校形式の研修は極力避けること。
新入社員研修をきれいにデザインしないことが大切のように感じます。実はこれは2020年度新卒新入社員研修から学んだことです。突然、緊急事態宣言が出され、翌日から2カ月近いオンラインでの新入社員研修を組みました。既存社員への対応に奔走され、新入社員の面倒を小まめに見ている余裕などないため、新入社員たちの自主性にゆだねる運用を余儀なくされました。そして彼ら彼女らはきちんとやり遂げました。時間割がきちんと決まり、内容も綺麗にデザインされ、導管学習的スタイルの講義も多様し、予定調和的なグループワークが盛りだくさんに用意されているといった、安心して進められるきちんとした研修よりも、そうでない研修の方がトランジションを乗り越えるには有効に違いないという根拠のない感覚を得たのが2020年度新卒新入社員研修での経験でした。

※注~「きれいにデザインしないこと」というと、適当にやればいい、ラフにやっていい、放置すれば育つと取られがちですが、実は「きれいにデザインしないように高度なデザインをする」というのが正しい表現です。

➁ 個別対応を重視すること
とにかく個別面談は頻発にやった方がいいと思います。2021年度も少なくとも半分以上はオンラインで研修をせざるを得ないでしょう。下手をするとフルオンラインです。何かあったときに騒げる人と騒げない人がいます。困っている感じがないから安心というわけではありません。第1段階にも達していないので葛藤自体がまだないけど配属後に第1段階に対峙してつぶれるなんてこともあるかしれません。短時間でいいので、個別に話し合うことが大切です。

えっ、長々書いて対処これだけかよという感じでしょうか。まだ3カ月近くあります。真剣に徹底的に考え準備をするには十分な時間です。愛を持って考えましょう。新入社員研修担当者が愛をもって対峙することが、新入社員が働き続ける勇気と楽しみを得るために一番大切なことだと思うので。

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※本日の写真は大好きだけど今年はまだ行けていない酒場「サケフク」@市川です。ああ、行きたいなぁ。

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