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【ホラー小説】eaters 第10話

◆あらすじと各話は、こちらから

「……陽向?」
 
 突然、目の前で陽向が消えた。
 
 陽向に肩を触られた女子生徒が戸惑っていると、それを見ていたもう一人がやって来た。
 
「陽向は?」
「分かんない。急にいなくなっちゃって……」
 
 一瞬の出来事で、何が起きたのか分からなかった。
 溺れたのかと思ったが、辺りに陽向の姿はない。
 
 そばで監視していた体育教師も、三人いたはずの女子生徒が一人足りないのに気付いた。
 残った二人が辺りをキョロキョロと見回している。
 
「そこ、どうした?」
「せ、先生、陽向が……」
 
 女子生徒は、陽向がいなくなったのを伝えた。
 悪ふざけで消えたフリをしているとも考えられたが、万が一ということもある。
 
 体育教師は、すぐに辺りを見渡した。
 プールの中は、同じ水泳帽をかぶった生徒達であふれている。
 これでは陽向の姿を見付けられない。
 体育教師は急いでホイッスルを吹いた。
 
「みんな、今すぐプールから上がってくれ!」
 
 生徒達は何事かとざわめきながら、続々と上がってくる。
 
 すると、プールの中央辺りで水面に出てきた手の先が見えた。
 そのあと、一つの頭が浮かんでは沈み、浮かんでは沈みを繰り返している。
 溺れているのは、陽向だった。
 
 体育教師はプールに飛び込んで、陽向の元に向かった。
 プールから上がっていた海斗も、すぐに飛び込んだ。
 陽向のいる場所は、海斗のほうが近かった。
 
 水面から顔を出した陽向を海斗が支える。
 
「金本、しっかりしろ! 助けてやるから」
 
 パニックになっていた陽向は、死に物狂いでしがみ付いてきた。
 これでは海斗も溺れてしまう。
 
「肩の力を抜け! もう大丈夫だから」
 
 海斗は、陽向の頬を軽く叩いて落ち着かせた。
 
 海斗と体育教師にプールから助け出された陽向。
 大量の水を飲んだのか、ひどくむせている。
 
「陽向、大丈夫?」
「何があったの?」
 
 一緒に遊んでいた二人が心配している。
 陽向は声も出せないまま、荒い息で肩を大きく揺らした。
 
「さすが水泳部のエース」
 
 陽向を心配する生徒達の中で、海斗に称賛の声が上がった。
 
「金本、何があった? 足でもつったのか?」
 
 体育教師が訊いた。
 海斗も固唾かたずを呑んで見守っている。
 
 陽向は肩を震わせながら、おそるおそる顔を上げた。
 何かに怯えるような目をしている。
 
「あ、足を……引っ張られて……」
 
 鬼ごっこで友達の肩に触れた時、突然、足を引っ張られて、そのまま水中に引きずり込まれた。
 
 いくらもがいても水面に上がれない。
 息も続かない。
 足首にあるのは、誰かの手の感触だった。
 
 人とは思えない力で、陽向は水中を引きずり回されていた。
 
「そんなことするの、男子しかいないでしょ!」
「誰がやったの?」
 
 陽向の友達は、男子生徒達を睨み付けている。
 
「……ち、違うの。男子じゃ……なかった」
 
 か細い陽向の声が否定した。
 
「アレは……人じゃ……なかった」
 
 足を引っ張られた時、一瞬だけ足首を掴んでいた者の顔が見えた。
 水中を引きずり回されていた時は、助けを求めようと手を伸ばすので精一杯だった。
 必死にあがいていると、突然、足首から手が離れていった。
 
「黒い……目だった。目が全部……真っ黒で……」
 
 陽向が言うと、周囲がざわめき出した。
 
「やだ! 幽霊?」
「マジかよ!」
「もうプールに入れないじゃん!」
「そういえば、学校の七不思議でこのプールにも……」
 
 得体のしれない何かに、生徒達は思い付く限りのことを口にしている。
 
「何かの見間違いだろう。水の中で、ぼやけてそう見えただけかもしれない」
 
 体育教師が生徒達をなだめた。
 
「足を引っ張ったヤツは、あとでこっそり金本に謝っておけよ」
 
 体育教師は、犯人探しをするつもりはなかった。
 
 長さ二十五メートルのプールで、端のほうにいた陽向が水面に顔を出したのは中央辺りだった。
 流れのある川や海とは違い、ただのプールだ。
 溺れたにせよ、十メートル以上も離れた場所で見付かるわけがない。
 
 それに、ここにいる生徒の中に、水中で人一人を引きずり回せる者がいるとも思えなかった。
 陽向が見たという黒い目。
 真に受けるわけではないが、とにかく今はこの場を治めるのが先決だ。
 
 海斗も同じ思いだった。
 水泳部のエースと言われている自分でも、そんな芸当はできない。
 
        ◆
 
 放課後。
 
「沼澤さん」
 
 学校を出た真由子は、瀬奈を追い掛けてきた。
 今日も一緒に帰ろうとしたのは、瀬奈に訊きたいことがあったからだ。
 
 言葉を選んでいると、二人の間に沈黙が流れていった。
 
 隣の横顔をジッと見つめる。
 それに気付いた瀬奈が「どうしたの?」と訊いてきた。
 
 真由子は視線を逸らして、遠くを見つめながら言った。
 
「今日のプールで、陽向が溺れたでしょ?」
「……うん」
 
「もしかして、陽向の足を引っ張ったのって……沼澤さん?」
 
 
 プールで騒ぎがあった時、みんなの目は助け出された陽向に向けられていた。
 その時、何かに気付いた真由子は、プールのほうへ目をやった。
 
 向こう端の水面で、一人の生徒が顔を出していた。
 瀬奈だ。
 生徒全員がプールから上がっていたはずなのに、瀬奈だけがまだプールの中にいた。
 
 真由子は何だか胸騒ぎを覚えた。
 
 こちらの騒ぎに驚いたり、心配したりする様子もない。
 冷静で、無表情。
 そんな顔で瀬奈は、こちらを見ていた。
 
 
 気になった真由子は、放課後になって陽向に声を掛けた。
 プールでの出来事を詳しく聞くためだ。
 
 陽向が覚えていたのは、水中で見た二つの黒い目だった。
 それだけが瞼の裏に焼き付いていたようだ。
 
 ほかにも何か覚えていないかと訊くと、陽向は思い出したように紺色のスクール水着が見えた気がする、と言った。
 男子ではなく、女子だ。
 
 陽向は「プールに女子生徒の幽霊がいた」と口にしたあと、もう思い出したくもないと逃げるように帰ってしまった。
 
 
「違うよ」
 
 瀬奈が言った。
 あらぬ疑いを掛けられて、怒っている様子はない。
 なぜ、そう思ったのかも訊いてこない。
 
「そう……だよね。ごめんね、変なことを訊いて」
「ううん」
 
 瀬奈にできるわけがない。
 それに……黒い目。
 分かってはいるが、胸の奥でくすぶっていた黒いもやは消えてくれない。
 
 真由子をそうさせていたのは、プールの時と同じ、目の前にある瀬奈の無表情な顔だった。
 
        ◆
 
「ただいま」
「おかえり」
 
 瀬奈が家に着くと、小百合は庭の花壇で草むしりをしていた。
 
 これまで、瀬奈が外に出るのは学校と病院だけだった。
 せめて綺麗な花でも眺めさせてやりたいと、小百合はリビングの窓から見える花壇に花を植えていた。
 
 この時期、花壇では真っ白なユリが、大きな花びらを開かせている。
 
「今日はまっすぐ帰ってきたの?」
「うん」
「それじゃ、後片付けをしたら何か用意するから、待っててね」
 
 瀬奈は、笑顔で家に入っていった。
 
 誰もいない家の中は、シンと静まり返っている。
 瀬奈は、まっすぐリビングにやって来た。
 
 目の前にあるのは、大きな水槽。
 何匹もの金魚が泳いでいる。
 
 水槽を見つめる瀬奈に金魚達は突然、スーッと奥のほうへ離れていった。
  
 
[続く]

◆第11話は、こちらから


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