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【ホラー小説】eaters 第7話

◆あらすじと各話は、こちらから

 小百合は、車で瀬奈を学校の前まで送ってきた。
 
「何かあったら、すぐに連絡して」
「うん」
 
 車を降りた瀬奈は、不安と期待で胸を膨らませながら歩いていく。
 途中で振り返ると、母の車がまだあった。
 自分の姿が見えなくなるまで、いつも見守ってくれている。
 
 教室が近付いてくると、瀬奈の足が止まった。
 
 以前は学校へ行くたびに、体調を崩していた。
 無理に学校へ行かなくてもいい、と両親から何度も言われた。
 
 周りの生徒と自分は違うと分かっていたが、無理をしてでも学校へ来たかった。
 気味悪がられても、友達ができなくても、孤独を感じても……。
 
 たった一つでもいいから、ほかの生徒と自分は同じなんだと思いたかった。
 同じ教室で勉強を学ぶ、仲間の一人として。
 
 両親の言い付けを守ってきた瀬奈にとって、これが唯一のワガママだった。
 
 今までは、席に着いてもずっとうつむいたまま、誰とも口をきかなかった。
 朝、教室に入るなり自分の机を除菌シートで拭いて、雑菌に対して過敏なだけでなく、見た目も異質だ。
 
 瀬奈の病気はクラス全員に知れ渡っていたが、陰でこう囁く者もいた。
 
『そんなに重い病気なら、学校に来なきゃいいのに』
『俺達全員、ばい菌扱いかよ』
 
 異常なまでの除菌対策と、他者を受け付けない雰囲気が、生徒達を瀬奈から遠ざけていた。
 
 瀬奈は大きく息を吸いこんで、教室に入った。
 久しぶりに姿を現した瀬奈に、周囲から視線が集まってくる。
 
 「誰だ?」と、生徒達の目に疑問の色が見えた。
 そう思うのも無理はない。
 
 みんなの知っている瀬奈の登校姿は、帽子と眼鏡、マスクに手袋をしていた。
 夏服になっても制服のブラウスは長袖のままで、スカートではなくスラックスだ。
 給食も瀬奈だけが実習室で食べていたせいで、素顔を知る生徒は一人もいなかった。
 
 今日は帽子もなければ、眼鏡とマスク、それに手袋もしていない。
 半袖のブラウスに、ライトブルーのチェック柄スカート。
 
 瀬奈が席に着くと、周囲がざわめいた。
 
「アレって、もしかして沼澤さん?」
「髪型とかは同じだよね」
「なんか雰囲気、違くね?」
「沼澤って、あんなに可愛かったんだ」
「でも、病気持ちでしょ?」
 
 まつ毛の長い、パッチリとした大きな瞳。
 ほんのりと赤みのある唇の愛らしい顔。
 生徒達は初めて目にした瀬奈の素顔に、ヒソヒソと話していたつもりだったが、当の本人には丸聞こえだった。
 
 瀬奈はうつむきもせず、こちらの様子を窺う生徒達に、教室という世界がまるで違って見えていた。
 これまで空気のような存在だった自分が今、注目を浴びている。
 
「沼澤さん、だよね?」
 
 斉藤真由子まゆこが声を掛けてきた。
 
「……うん」
「病気、もういいの?」
「病院の先生が……普通の生活をしてもいいって」
「そうなんだ。よかったね」
 
 真由子の顔に笑みが浮かんでいる。
 教師以外で初めて声を掛けられた瀬奈は、嬉しかったのと同時に、どこか気恥ずかしさもあって顔をうつむかせた。
 
 朝のホームルームで教室にやって来た担任教師も、瀬奈の姿に驚いていた。
 
 
 三時限目は体育だ。
 ジャージ姿の生徒達がバスケットをしている。
 体育館の片隅で、瀬奈は制服姿のまま床に座っていた。
 今までも体育の時間は、ずっと見学だった。
 
 本当は、みんなと一緒に身体を動かしたかった。
 教室でおしゃべりをして、給食も一緒に食べたかった。
 友達も欲しかった。
 周りの生徒達が、うらやましかった。
 
 なぜ自分は、健康な身体で生まれてこなかったのだろう。
 
 前に一度、スマホで自分の病気を調べたことがあった。
 原発性免疫不全症候群。
 毎年、生まれてくる子供一万人に対して、一人がなるという病気。
 
 なぜ自分は、その一人だったのだろう。
 どうして自分だけが……。
 
 瀬奈は自分の身体を呪っていた。
 両親のせいではない。
 何もかも生まれてきた自分のせいだ。
 両親には、ずっと苦労をさせてきた。
 言い争っていたのも……。
 
 生まれてこなければ……よかった。
 
「沼澤、大丈夫か?」
 
 両手で顔を覆っていた瀬奈は、ゆっくりと顔を上げた。
 目の前にいたのはクラスの男子生徒、浜田海斗かいとだった。
 
「具合悪いの? 保健室に行くか?」
「あ、ううん。……大丈夫」
「そっか。あんまり無理すんなよ」
 
 瀬奈は、コートに戻っていく海斗の背中を見つめた。
 
 今日だけで声を掛けられたのは、これで二人目だ。
 学級委員長でもある斉藤真由子は、明るい性格で友達も多い。
 浜田海斗は、水泳部で期待のエースだ。
 小麦色の焼けた肌で、体付きもたくましい。
 
 二人とも、それぞれ学校生活を謳歌おうかしている。
 
 自分は……。
 瀬奈が手で顔を覆ったのは、ついこの前まで胸の奥に隠していたものが込み上げてきたせいだった。
 
 不思議と今は、目の前で必死にボールを追い掛ける生徒達の姿に、身体を動かしたくてウズウズしている。
 もう、体育の授業も出られるはずだ。
 
 
 四時限目が終わり、給食の時間がやってきた。
 弁当の入った袋を手に瀬奈が教室を出て行こうとした時、真由子が声を掛けてきた。
 
「今日は給食じゃないの?」
「食べるものに……制限があって」
「まだ大変なんだね」
 
 真由子から同情の眼差しを向けられた。
 
「教室で、みんなと一緒に食べようよ」
「……お母さんが、しばらくはまだ一人で食べてほしいって」
 
 弁当の中身を見られるわけにはいかない。
 
「そうなんだ。って、こうして話し掛けちゃっても大丈夫?」
「それは……言われてないから、大丈夫だと思う」
「よかった。それじゃ、一緒に食べられるようになったら、ここでみんなと食べようよ」
「……ありがとう」
 
 真由子に誘われたのが嬉しくて、実習室に向かう足取りが軽くなる。
 途中で足を止めた瀬奈は、引き返して外に出た。
 
 濃い緑の芝生に囲まれた広いグラウンド。
 この時間は誰もいない。
 
 瀬奈は木陰にあるベンチに腰を下ろした。
 日差しがあっても、日陰ではわりと涼しい。
 
 弁当のフタを開けると入っていたのは、しっかりと中まで焼かれた肉と魚、玉子焼きとウインナーだ。
 瀬奈は目の前の景色を眺めながら、弁当を口にしていった。
 
 いつになったら、一緒に教室で給食を食べられる日が来るのだろう。
 一年先?
 それとも二年、三年先?
 もしかしたら、一生……。
 そんなことを考えていると、気分が沈んでくる。
 
 と、その時、遠くから足音が聞こえてきた。
 足音は、まっすぐこちらに向かってくる。
 一人ではない。
 何人かいる。
 
 学校のほうを振り向かなくても、瀬奈には分かっていた。
 まだわずかに残っている肉に、慌ててフタをする。
 見られるわけにはいかない。
 
「沼澤?」
 
 背後から声がした。
 
「……浜田君」
 
 海斗だった。
 手にサッカーボールを抱えている。
 
「こんなところで昼、食ってたのか?」
「……うん」
「お、弁当?」
「……うん」
「そっか。それにしてもデカイ弁当だな」
 
 二段に重なる大きな弁当箱に、瀬奈は恥ずかしそうにうつむいた。
 
「沼澤って意外と食うんだな。まぁ、いっぱい食って元気になれよ」
 
 海斗は爽やかな笑顔を残し、ほかの生徒達を追い掛けてグラウンドに駆けていった。
 給食を早々に済ませて、サッカーをしに来たようだ。
 ボールを追い掛けて、あちこち駆け回っている。
 
 瀬奈は残りの肉を頬張りながら、海斗の姿を目で追った。

◆第8話は、こちらから


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