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ホラー小説「ウズメの木」【試し読み】

 日本各地の不思議噺を集めていた旅人は、とある小さな村で不思議な噺を耳にする。
 それは欠けた鏡を山深くにある巨木の元へ埋めると、やがて元通りの姿となって持ち主の元へ返ってくるというものだった。
 それから二年後、再びこの村を訪れた旅人は、活気に満ち溢れていた村が閑散としている様子を目にする。
 唯一、この村にいた一人の村人から、ここで不思議な失踪事件が立て続けに起きていたことを聞かされる。
 しかし、その内容が真相に近付いていくにつれ、旅人は恐怖に包まれていく。
 (短編「失せ物」の前日譚になります)

 旅の途中で、私はある小さな村へと辿り着いた。
 そこは目の前に美しい海が広がり、三方を山で囲まれた、まさに俗世から隔絶されたような風景だった。
 その小さな村には二十軒程の家屋があり、村人達は狩りや漁に精を出したり、畑や田を耕したりと忙しそうに汗を流している。
 村の中で元気に走り回る子供達の他に噺を聞けそうな村人を探していると、砂浜で一人ただぼんやりと海を眺めている一人の若者がいた。
 声を掛けると、その若者は茂吉(もきち)と名乗った。
「茂吉さんは、他の人達のように働かないのですか?」
「いやぁ、俺が働いたら天と地が逆さまになってしまうよ」
 そう笑い飛ばした茂吉は、どうやら身を粉にして働くのが嫌いのようだったが、私にとって茂吉が働き者かどうかは問題ではない。
 暇を持て余していた茂吉に、この村に伝わる不思議噺がないかと訊くと、茂吉は天を仰ぐように考えてから、つい最近起きた出来事を話し始めた。

 この小さな村を牛耳っている長の家系は、不思議と昔から女の子しか生まれず、生まれた子供が成人すると、婿をとってはその婿が長として代々この村を治めていた。
 その長の家には代々伝わる手鏡があり、それは母から娘へ、そして成長した娘に女の子が生まれると、手鏡はその子へと引き継がれていく。
 現在、その手鏡は母から娘のキヌへと引き継がれていたが、手鏡をキヌへ託した母親は、その後まもなくして病死でこの世を去った。
 母の形見となってしまった手鏡をキヌは後生大事に使っていたが、ある日、鏡の一部が欠けているのに気付いた。
 それでもキヌは、母から託された先祖代々伝わるその手鏡を使い続けていた。
 しかし、鏡が欠けているのを知った長は縁起が悪いとして、それを処分するようキヌへ言い付けた。
 長の言う事には村の者は誰一人意見するのも叶わず、それは娘であるキヌも同じで、キヌは父でもある長の言い付けを守るより他なかった。
 形見の手鏡をキヌは大事そうに抱えて一人、山へと入っていった。
 この村では欠けたり割れてしまった鏡を木の根元に埋める風習があり、キヌもそれにならって手鏡を埋めるに相応しい木を探しながら、ひたすら山の中を歩き続けた。
 山の奥深くにまでやってきた時、キヌは一本の巨木の元へ辿り着いた。
 それは太い幹が見事なまでに二股に分かれ、いくつもの長く伸びた枝先の葉の隙間から光が差し込み、それがより一層、巨木を神々しく見せていた。
 まさに神の木のごとくキヌの目に映る巨木に、キヌは手鏡を埋めるに相応しいのはこの木しかないと、そこへ手鏡を埋める事にした。
 傍に落ちていた枝を拾って小さな穴を掘り、手鏡を置いて土をかぶせ終えると、キヌはそのかぶせた土の上に両手を乗せた。
 母の形見だった手鏡は、これから長い眠りに就く。
 柔らかな土の感触から母の温もりのような温かさが伝わってくると、キヌは母から受け継いだ手鏡を失う代わりに、そこから母の想いが全身に流れてきたような気がした。

 それから数日経ったある日、村にやって来た行商人が珍しい品々を広げていくと、村人達に混じってキヌもまたその目を輝かせていた。
 並べられた品々を隅からじっくりと眺めていたキヌは、ある一つの品に目を見張った。
 それは亡き母の形見で、数日前に山へ埋めてきた手鏡と瓜二つだった。
 それを手に取ったキヌは、何度もひっくり返しては隅々にまで目を配った。
「これをどこで?」
 キヌが尋ねると、行商人はどこで仕入れたのか忘れてしまったようで出所は不明だった。
 珍しくキヌにせがまれた父もまた、あの手鏡と見事に瓜二つの代物に、それをキヌに買って与えた。
 再びその手鏡をこの手にできるとは思ってもみなかったキヌは、それがまた自分の所へ戻ってきてくれたのが何より嬉しく、その奇跡ともいえる出来事を仲の良い村の娘に話した。
 それを聞いた娘が物は試しと、フチが欠けてしまった手鏡をキヌから教えてもらった巨木の元へ埋めてくると、その数日後には埋めたはずの手鏡が娘の元へ戻ってきた。
 その話は瞬く間に村に広がり、他の者達も欠けたり割れてしまった鏡を巨木の元へ埋めてくると、決まってその数日後には元の持ち主の元へ戻ってくるのだった。
 ある者は漁の網に引っ掛かって、ある者は獲ってきた熊の腹の中から、またある者は狩りに出掛けた先で獣の巣穴から鏡を見付けたりと戻ってくる方法は実に様々だ。
 不思議と埋めたはずの鏡と同じものが戻ってくるという事が続く内に、いつしか名も無かったその山は「帰鏡山(ききょうやま)」と呼ばれ、幹が二股に分かれた巨木は「ウズメの木」と呼ばれるようになった。
 しかし、主の元へ戻ってきた鏡には、いずれも一つだけ元の鏡と違うところがあった。
 キヌの手鏡は、その裏側に小さな花の模様があしらわれていたが、その内の一つだけ花びらが一枚少ないものがあった。
 他の者もそうだった。
 鏡の裏面にほどこされていた格子柄等の模様の一部が何故か消えていた。
 それはたとえ模様の無い無地だったとしても同じで、一部の色だけが消えているのだった。
 その消えた部分について村人達は、ウズメの木が鏡を元に戻した駄賃として受け取ったのだろうと口にしていた。

 茂吉から聞かされたその不思議な噺に、私はなんとしてもそのウズメの木と呼ばれる巨木をこの目で見てみたいという衝動に駆られた。
 そんな私の願いに茂吉が案内役を買って出ると、私達は帰鏡山へと向かった。
 その道中、私は茂吉が話してくれた内容が、やけに細部にまで渡って詳しかったのと、まるでその目で見てきたような口ぶりに、さり気無く茂吉に尋ねた。
 すると茂吉は働くというのが嫌いな反面、記憶力だけはいい方で、誰かが話していた内容は一語一句の全てを覚えているのだと言った。
 茂吉はキヌや他の村人達が話していた内容の全てを覚え、こうして今でもなお記憶に残っているようだった。

「茂吉さん、あとどれくらい……」
「ほら、もうそこに見えてるよ」
 茂吉が指差したその先へ目を向けると、そこには静かにそびえる一本の巨木があった。
 話に聞いていた通り、立派な太い幹は私の腰程の高さのところで見事に二股に分かれ、それぞれが辺りを覆いつくす程にその枝を広げていた。
 ただでさえ見事な巨木は、枝先に鬱蒼と生い茂る葉の隙間から射し込む木漏れ日によって、更に神々しさを増し、私はただただ圧倒された。
 まるで辺り一帯が何かしらの妖気に包まれているような錯覚に陥っていた私に、茂吉は満足気な顔をしている。
「いや、思っていた以上に見事な木ですね」
 目の前にたたずむ巨木には、確かに不思議噺の一つや二つはあってもおかしくはない雰囲気があった。
「実は、まだ誰にも言ってない事があるんだ」


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