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披露宴を再構成してみた

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結婚しなくても生きていける時代に結婚したいと思える相手に出会ったんだ
結婚式を挙げない事も一般的になった時代でも、挙式について考えてみてもいいんじゃないか。
もしあなたがアジア圏の海外旅行に行くくらいのお金と時間があって、そしてお金か時間が理由で結婚式を挙げるかどうかどうか迷ってるなら、このまま読み進めてほしい。あるいはもしあなたが結婚式に魅力を感じないなら、これを最後まで読んでほしい。結婚式を"再発明"した話をしよう。最も端的に言語化してくれたのは友人の蛇氏である。

さて、歴史の教科書や大河ドラマで駕籠にのった人を見た人は多いと思うが、乗った事がある人は少ないだろう。現役の交通手段として駕籠が使われるのは今では金毘羅山くらいではないだろうか。楽に行きたいなら電車に乗ればいいし、早く行きたいなら車に乗ればいい。風を楽しみたければバイクに乗ればいい。駕籠自体の存在価値がなくなったわけではない。車輪が使えないほどの不整地でかつ牛馬も入れない場所ならまだその存在価値はあるだろう。しかし、駕籠を本当に必要とする場所は確実に少ない。そして、交通手段では駕籠は過去のものになった。しかし、「駕籠」はあらゆる業界に残り、そして特に、皆が駕籠に当たり前のように乗っている領域がある。それがブライダル業界である。

すべてはプロポーズからはじまる。我々のプロポースの数日後には友人からゼクシィが贈られてきた。それをぱらぱらめくると目に飛び込んできたのは、個性的な結婚式の例だった。湖のほとりでフェスみたいな野外結婚式をしたり、古民家を貸し切って、三日三晩宴会を開き初日は職場、次は友人、そして親族、みたいなフリースタイルなものの紹介だった。私はDJでもないし、ゴキゲンな曲でブイブイ言わすパリピでもない。かと言って大挙して押し寄せる親族もいない。だからまずは定番の近隣の式場を見学する事にした。

式場見学での感想としてはまるで分譲地の建売住宅のようだな、という感想だった。最大公約数的な「日本に住む標準的な結婚適齢期のカップル」がのぞむものがそこにはあった。式の進行も導線も、緻密なモデルプランがあって、それを何千回もこなし、式場スタッフは熟練して手慣れたものだろう。「標準的なカップル」からしたら必要な全てがそこにあるのだろう。しかし、そんな日本国民の平均みたいなカップルはどれくらいいるのだろうか。少なくとも、我々ではなかった。

チャペルがいかに立派であろうと、我々はキリスト教徒ではないし、かと言って神前婚を挙げるほど敬虔な神道の信徒でもない。どちらかというと学生時代に毘沙門天に武運長久を祈願して優勝してからなんとなく毘沙門天には頭が上がらないが、流石に武神に結婚を誓うのはどうかしてるし、そんな式場もないだろう。そしてさらに、信者でもない人が信者でもない人を招いて、普段信仰の場として使用されてない場所で神に何かを誓う滑稽さに私はどうもモヤモヤしながら披露宴の会場にうつった。なお、この信心のなさゆえの葛藤はのちに無事解決する事になる。

披露宴会場も豪奢なものであった。立派なテーブルクロス、テーブルの対面が見えないほどの大きな卓上の花、椅子に被せられた布、机の上にある布、高砂の後ろに張られた謎の布。きらびやかで眩しいが、ゲストは、というか我々の友人を長年やってるようなゲストは誰もそんな謎な布が増えても喜ばない。そして当然ながらこの布1枚1枚にコストがかかっている。(下記リンク参照)

ゼロ円で結婚式を挙げよう!というキャンペーンをやる会社もあるし、ご祝儀を入れたらむしろプラス収支ですよというプランナーもいるが、絶対にお勧めしない。ゲストが我々を祝うために来てくれるだけでありがたいのに、なんで自分たちの友人を使って金儲けする事を勧めてくるのか理解できない。結婚式で自分が儲かるということは、それはゲストに対するもてなしが不十分だったという事ではないだろうか、と私は気にしてしまう。この辺は個人の価値観だから違う意見があってもいいけど、少なくとも、宴席以外の部分、例えばチャペル使用料なりドレス代などをゲストに払わせるのはフェアではないし、そして、往々にしてそういうのは参加者にたいていわかってしまうものなのだ。人間関係を換金するのはネズミ講とかマルチだけかと思っていたが、残念な事にブライダル業界でもその風潮はあった。いずれにせよ、式場での伝統的な結婚式を開くくらい格式や見栄を重視するのであれば、参加者にたかるべきではないし、格式にこだわらない砕けた会なら式場でやる必要はない。

式場はお仕着せの上、融通が利かず、ホテル挙式になら式場のデメリットに加えて作り物感が増えてくる。では、一体どんな会なら満足するのか。そこで我々は既存の結婚式をベースにアレンジするのではなく、ゼロをベースに何をするべきか考えてみた。まず結婚式と披露宴の明確な違いとして、式は多分に宗教的な意味合いを持ち、一つの節目として新郎新婦が主体となるべきだ。一方で披露宴とはゲストへのお披露目の会であり、ゲストにいかに我々の事が伝わるかを優先すべきである。そうなると話は早い。気兼ねなく主役でいるために挙式は家族だけで、披露宴、というかお披露目のための1.5次会を友人たちと開く、という形となった。

ここからは完全に夫婦の趣味だが、家族だけで式をするなら海外挙式が良いだろうということで海外で挙式し、そして帰国後に日本でお披露目の会を開く事にした。ここからはお披露目の会の話をしよう。

披露宴の本質とはゲストへのお披露目のはずだ。お仕着せのやり方に則るのは簡単でお手軽だが、たかが数分のプロフィールムービーと数分の友人挨拶でお披露目した事になるだろうか。新婦の友人はその数分間で新郎の人となりがわかるだろうか。やはり装飾、メニュー、音源、テーマ、動線、すべてをトータルプロデュースして、その作り上げた空間に2時間程度いることではじめてその人となりがわかるのではないか(過激派)

そうなるとブライダル業界の息のかかったところはプロデュース料という名目で利益を上げているので、ブライダル業界の息のかかってないところを探す事になる。そして式場より壮大で、天井が高く開放感があり、アクセスが良く、景色も良いところとなる。こればかりは土地勘がないとどうしようもないが、幸いにして自分はこの町に10年くらい住んでるのでいくつか候補を絞り、実際に足を運び、会場選びは問題なく終了。その時にだいたいの見積もりと日程も決定する。ここからは何をいつやったかを時系列順に書いていく。あくまでも体験談なのでこの通りに進める必要ないし、多分この通りに進めると最後時間が無くなるのでおすすめしない。長年の先延ばし病により培われた土壇場の帳尻合わせがなかった即死だった。(最後のムービーの完成が当日午前11時)

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