あなたの一番苦しかった記憶を教えてください。
割引あり
「もうどうでもいいよ」
ひいていた自転車から手を離した。ガシャンと大きな音を立ててそれは道端に転がって、右脛を掠ったペダルが皮膚に白く線を引いた。
私は頭を抱えて座り込んだ。叫び出したいくらいなのに、声も出なくてあぁ、とかうぅと呻いていた。苦しくて、苦しくて、自分の中にいる黒い何かに喰われていくようだった。涙も出なかった。
そのまましばらく私はぼんやりと目の前の道路を見つめ、通り過ぎていく車の往来を眺めていた。日も落ちて暗く、人はほとんどいない。
やば、今から帰ったら、22時は過ぎるな。でもとても帰れるような気持ちでもないし、親に連絡もできないな。
電波の遠いところで見るウェブサイトのように、思考が鈍く、感情を読み込んだそばから文字化けしていく。
少し遠くから懐中電灯の光が見えて、顔を上げると部活の顧問が歩いてくるのが見えた。ああ終わった____と思って制服の裾を握りしめた。
おそらく私が生きてきた中であれが一番苦しい記憶だったのではないかと思う。今でも取り出してみたら、笑えるくらい壊れていたなと思う。終わりかけの夏、ざらつくアスファルトに座り込む。いやに過ごしやすいくらいの気温で、私は高校3年生だった。
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