序文 Eating Disorder(ED)とは、アメリカ精神医学会の精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)に基づき診断される精神疾患の一つです。EDは拒食症(神経性やせ症:制限型·過食/排出型)や過食症(神経性過食症·過食症性障害)に分類され、うつ病や不安症、自殺企図などの他の精神疾患と併存するリスクが高いと言われており、精神疾患の中で最も死亡率が高い疾患であると報告されています。1アスリートは身体的にも精神的にも優良な健康状態を維持していると一般的に思われがちですが、実際には非アスリートと比較してEDのリスクが高いことが知られています。日本の大学生アスリートを対象にした研究によると、何らかのEDの診断に該当する男性は3.9%、女性は12.3%でした。2アスリートの多くが完璧主義的な性格を持ち、常に周囲から評価され続けるストレスの多い環境で生活しており、さらに体型や体重がパフォーマンスに影響するなど、様々な要因がEDの発症リスクを高めると考えられます。EDには明確な診断基準がありますが、それを満たさない食行動の異常がみられる状態をDisordered Eatingと表現します。また、アスリートが健康とパフォーマンスを維持するのに必要なカロリーを摂取できず骨密度低下や生理不順などを引き起こすRelative Energy Deficiency in Sports (RED-S)なども蔓延しています。3これらは怪我や合併症、他の精神疾患のリスクを増加させる上、パフォーマンス低下を招く要因としても知られており、見過ごすことのできない問題です。4今回はアメリカの大学生アスリートを対象にEDのリスクを調査した論文を紹介します。
論文概要 背景・目的 本研究の目的は、男女の学生アスリートの摂食態度や行動を通じて、さまざまなスポーツの種類(持久系、審美系、パワー系、球技系、または技術系)および性差(男女)におけるEDリスクの調査を行うことであった。
方法 この研究は複数の精神疾患(うつ病、不安障害、自尊心の低下、運動依存、ボディーイメージ、EDなど)の横断研究の一部である。すべてのデータは2020年のCOVID-19パンデミック前に行われ、一部のデータが2023年に出版された。スノボールサンプリングが採用され、連絡がとれたアスレティックトレーナー(40名)に協力を仰ぎ、競技者にメールが送られた。今回の研究においては、 Eating Attitudes Test(EAT-26)および属性に関する情報のみが使用された。
□ 参加者 全米大学体育協会(NCAA)ディビジョン I および II の大学40校に所属する2054人の学生アスリート(18-26 歳)を対象とした。
□ 属性 年齢、性別、自己申告による身長、体重、最高体重、最低体重、理想体重、学歴、スポーツの種類が報告され、参加者は以下のカテゴリからスポーツの種類を選択した。 ・持久系 (クロスカントリー、水泳、陸上トラック競技) ・審美系(チアリーディング、ダンス、飛び込み、馬術) ・パワー系(アメリカンフットボール、円盤投げ、ハンマー投げ、砲丸投げ) ・球技系(野球、バスケットボール、サッカー、ソフトボール、バレーボール、ビーチバレーボール) ・技術系(ゴルフ、テニス、走り高跳び、幅跳び、棒高跳び)
□ EAT-26 EDリスクを検出するツールとして、摂食態度テスト(Eating Attitudes Test:EAT-26) が使用された。EAT-26は、食事に対する態度を評価する3つの下位尺度 (ダイエット、過食症と食べ物への執着、およびオーラルコントロール) で構成される自己申告制のテストである。 EDリスクの有無には3つの基準が使用された。 (1) EAT-26 のスコアが20より高い (2) 性別および年齢が一致する基準と比較してBMIが低い (3) 病的な行動 (pathogenic behaviors) の基準を満たす (例:パージング、過食、ダイエット薬、利尿薬、または下剤の使用、過去6か月間で9.1 kg以上の体重減少)
結果 キーポイント ・大学生アスリートはEDのリスクにさらされており、特に女性の方が男性よりもリスクが高い傾向にある。 ・女性学生アスリートほど蔓延していなかったが、17.3%の男性学生アスリートがEDのリスクにさらされていた。 ・EDのリスクは、すべてのアスリートのスポーツの種類にわたって観察されたが、最も高かったのは持久系(クロスカントリー、水泳、陸上トラック競技)および球技系(例:野球、バスケットボール、サッカー、ソフトボール、バレーボール、ビーチバレー)であった。
その他の結果 ・全体の学生アスリートの25.3%がEDのリスクがあると分類された。 ・性別によってEDリスクに有意差が見られ(P ≤ .01)、男性では17.3%、女性では28.9%であった。 ・性別によって過食、利尿薬、ダイエットピルや下剤の使用に差が見られ、女性の方が男性と比べて、過食(P = .009)、利尿薬、ダイエットピルや下剤の使用(P ≤ .01)などの行動がより多く報告された。 ・一方、性別によって嘔吐、過剰な運動、過去6か月間の20lb(9 kg)以上の体重減少については差が見られなかった。 ・スポーツの種類によってもEDリスクに有意差が出た(P = .01)。女性のみを対象にした場合は、スポーツの種類によるEDリスクの違いが観察されたが(P ≤ .01)、男性のみを対象にした場合、明らかな違いはなかった(P = .499)。 ・スポーツの種類によって利尿薬、ダイエットピルや下剤の過剰使用率に違いがみられた(P = .016)。審美系スポーツが13.4%、技術系スポーツが12.6%で特に高かった。 ・過剰な運動(P ≤ .01)についてもスポーツの種類によって違いがみられ、持久系スポーツが最も高く8.5%であった。 ・スポーツの種類によって過去6か月間の20lb(9 kg)以上の体重減少にも違いが見られ、(P ≤ .037)。パワー系スポーツが最も高く4.9%であった。 ・一方、スポーツの種類によって過食と嘔吐に違いはなかった。
結論 本研究のデータは40校の NCAA 機関にわたるものにすぎないが、被験者数は、米国内のEDリスクを推定するために必要な最大規模であった。かつ先行研究においては、1つのスポーツか1つの性別、もしくは双方のみに焦点を当てたものがほとんどである。また大規模な被験者を用いた先行研究においては海外のものであり、必ずしもアメリカにおける文化を反映していない。よって、本研究では大学生アスリートがEDのリスクにさらされていることを明らかにする貴重なデータになった。女性の方がEDのリスクが高いが、男性にリスクがないわけではない。そして、最もリスクが高いのは持久系のアスリートで、次いで球技系のアスリートが高いリスクを示した。最後に、大学生アスリートのEDの最も一般的な危険因子は、摂食態度やBMIの低さではなく、病的な行動に従事することであった。病的行動の中でも特に頻繁に見られたのは、過食と、体重を減らすためにダイエット薬、下剤、または利尿剤を使用であった。
まとめ アスリート、特に学生アスリートは完璧主義や競争志向などEDリスクを増加させる心理的特徴を持ち合わせています。それでいて、周りから感じられる抵抗感や拒否的な態度などのスティグマ、そしてパフォーマンス低下を恐れるあまり、EDを含む様々な精神疾患に向き合えないアスリートが多数存在します。アメリカ精神医学会によると、精神病患者の半数以上が治療を受けていないという現状があります。1アスリートのみならず全ての人が周りからの目を気にせず精神疾患と向き合える環境を作るためには、社会全体の精神疾患に対する理解度を高め、捻挫や肉ばなれと同様に、精神疾患も診断、リハビリを通して治療する必要があることを認識することが大切ではないでしょうか。最後に、アスレティックトレーナーはアスリートとの距離が近い職業であり、EDを含めた精神疾患の早期発見に重要な役割を果たします。選手が精神疾患と向き合うための環境づくりに最も貢献できる立場にいることを理解し、コーチやチームスタッフの教育、管理栄養士や精神科医との連携などに尽力することが大切です。
補足説明
Eating Disorder:摂食障害
食行動異常(Disordered eating): EDの手前の段階。EDと診断されないが、食事に対する恐怖や過剰なルールを持っていたり一般認識の健康的な食生活から離れている状態。
エナジーアベイラビリティー(energy availability: EA):エネルギー摂取量からトレーニングによって消費されるエネルギー量を差し引き,除脂肪量で除したもの5
スポーツにおける相対的エネルギー不足(Relative Energy Deficiency in Sports ):慢性的なエネルギー不足(低EA)により性機能や骨密度の低下など様々な生理機能に変化が生じる状態5
パージング(Purging): 過食に伴い見られる行動で、恣意的な嘔吐や下剤を過剰に使用して排泄を行う行為
オーラルコントロール(Oral control):食べるという行動を自己制御する能力
Reference
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文責:大水皓太 編集者:井出智広、姜洋美、岸本康平、後藤志帆、柴田大輔、杉本健剛、千葉大聖、橋田久美子、水本健太、山本あかり(五十音順)