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CEFACTニュースピックアップ(3):非常事態が及ぼす国際貿易への影響とCEFACTの取り組み

【初出:月刊JASTPRO 2022年9月号(第520号)】

新型コロナウィルス(COVID-19)が蔓延してから早3年が経ちました。各国政府によるパンデミック対策、つまりロックダウンや渡航規制、飲食店への休業要請などの措置の影響もあり、世界経済は2020年以降減速し、「ウィズコロナ」という考え方により世界経済は少しずつ回復してきたものの、今度はウクライナ戦争が勃発し、経済成長に深刻な打撃を与えました。
 
この状況において、国連CEFACTとその上位組織である国連ECEは貨物とサービスの移動によるサプライチェーンの崩壊に着目し、ニュースとして取り上げました。今回は、この「UNECE contributes to advancing resilient and sustainable supply chains in response to disruptions caused by health crises and conflict(UNECEは、健康危機や紛争による混乱の対応として、回復力の高いかつ持続可能なサプライチェーンの推進に貢献する)」と題された記事を取り上げています。記事抜粋(囲み記事、訳はJASTPRO仮訳)と周辺情報とを併せて要点を見ていきましょう。
 
なお、全文はUNCEFACTのウェブサイト内、以下のURLに掲載されています。

ウクライナ戦争の国際貿易への影響

As the world set foot on the recovery path from the still ongoing COVID-19 pandemic, a new challenge in the form of the war in Ukraine resulted in a sharp decrease in trade, investment, and supply chain shortages globally, adding to already growing inflation and price rises.
世界が未だ続くCOVID-19の大流行からの回復軌道に乗る中、ウクライナ戦争という新たな課題が発生したことで、貿易、投資は急激に減少し、既に拡大していたインフレや物価上昇に加えて世界的なサプライチェーン不足に拍車がかかる結果となった。

これによって、辛うじてコロナショックから回復しつつあった世界の経済成長率がまた頓挫しているという調査結果が、国際通貨基金 (IMF)のレポートに記されています[参照ページ]。そこで、貿易、物流、サプライチェーンそれぞれの分野における影響を少し確認してみましょう。

貿易

国際貿易におけるウクライナとロシアの位置づけはどのようなものでしょうか。

ウクライナとロシアは、いずれも重要な食料品の提供国です[参照ページ, pp6,8]。両国とも、小麦や大麦、とうもろこし、ヒマワリの種、ヒマワリ油について上位ランクの生産国・輸出国であり、世界全体の小麦輸出の25%、とうもろこし輸出の15%を占めています。戦争の影響によりこれらの供給が乱れ、小麦は2月下旬から値上げが見られましたが、今後も引き続き価格が上昇する見込みです。

さらに、これに対処するための各国における貿易政策も日用品の価格を大きく左右しています。ウクライナ、ロシア以外の国でも食料品の輸出禁止や許可要件の設置等といった規制[参照ページ, pp.8]が世界規模での供給を減少させ、小麦価格の上昇を助長しています。

高騰した食料価格は特にサブサハラアフリカ地域(例:ボツワナ、ジンバブエ)と中東地域(例:アルジェリア、チュニジア)に位置する中所得国や低所得国に影響を与え、その結果貧困が深刻化し[参照ページ, pp.8]、(食料そのものの不足ではなく、食料価格の上昇により購入ができなくなってしまうという意味で)食料危機の可能性が高まっています。

物流

この戦争により、各国とロシア間での物流は非常に制限された状態です[参照ページ, pp.39]。欧米諸国による経済制裁に加え、戦争状態という物理的な危険によって多くの物流企業はロシアへの輸送やロシア国内での事業を停止しています。制裁手段として追加された貨物検査、例えば出荷が法的に許されているのか、銀行や保険会社、荷主など貨物に関わるすべての事業者がコンプライアンスを守っているかの確認なども、物流のスピードを低下させています。

空の混乱もあります。欧州連合(EU)やカナダ、米国等はロシア籍の航空機に対する飛行制限を実施しており、その報復としてロシアはそれらの国の民間航空機の飛行制限を実施しています[参照ページ]。その結果、ロシア領空を避けたルートを取らざるを得なくなり、飛行距離が増加しているため所要時間が伸びてしまい、また航続距離の観点から一旦中継地点をはさまないといけなくなるケースも出てきました。燃料資源高騰の影響も含め、これらは輸送コストを押し上げる大きな要因となっています。

前述の通りウクライナは穀物の輸出国であり、かつては黒海に面する複数の港を経由して穀物を輸出していました[参照ページ, pp.40]。しかし、ロシアによる黒海封鎖で港の機能が停止しており[参照ページ]、商業輸送が不可能な状況となっています。しかも、7月末にウクライナとロシアが穀物の輸出再開に合意したにもかかわらず、合意の翌日にウクライナの穀物輸出の重要拠点であるオデーサ港がロシアに攻撃されるという事態が発生しています。このまま戦争が続くと、世界的な食料問題のさらなる悪化が懸念されるところです[参照ページ]。

サプライチェーン

ウクライナとロシアは、世界中に様々な原料や中間財を提供しています[参照ページ, pp.44-69]が、先にご紹介した物流の乱れによって、国際的なサプライチェーンへの供給不足が引き起こされました。

ロシアは先に触れた食料品だけでなく、世界へのエネルギー供給国として石油や天然ガスなどの化石燃料を世界中に輸出してきたため、あらゆるグローバルバリューチェーンに影響を与えています。

ウクライナについては、鉄鋼業界に不可欠な鉄鉱石や銑鉄等、または半導体製造に極めて重要なネオンガスを多く輸出しています。ネオンガスは半導体の製造に必要な材料で、ウクライナが世界全体の70%を輸出しています。オデーサにある「LLC Cryoin Engineering」という工場だけで65%を生産しています。ロシアからの攻撃によって工場が操業停止しているため、半導体メーカー、そして半導体を最終製品として利用する製品メーカーへの影響は極めて大きなものとなっています[参照ページ]。モノの貿易の他にも、ICT(情報通信技術)サービスの輸出があり、2021年には68億ドル相当を輸出していました。サービスを受けるクライアントは主に北米と英国、ドイツにあり、その業種は電子商取引から銀行、金融技術まで多岐にわたります。

CEFACTの取り組み

ここまで、COVID-19に続くウクライナ戦争と、その影響について見てきました。ここからは、国連CEFACTの取組みをニュース記事に沿って解説していきます。ニュース記事では、こういった世界的な混乱状態に対するガイドとして国連CEFACTが開発した標準と勧告の活用可能性を強調しています。

勧告44号「災害援助のための越境円滑化措置(仮訳)」

まず、最も関連性が高い勧告として、勧告44号[参照ページ]が取り上げられています。

This policy recommendation advocates the importance of building national capacity and capability to cope with a large influx of humanitarian relief for governments and supports governments by providing key considerations and practices for implementing preparedness measures for the facilitation of a large influx of humanitarian relief after a disaster.
この政策勧告は、大規模な人道支援到来に対処するための国家のキャパシティと能力を構築することの重要性を提唱し、災害後の大規模な人道支援到来に円滑に対処する準備措置を実施するための重要な考え方と取組みを提供することによって、政府を支援するものである。

勧告44号について、今回の記事に関わる要素を中心に、その概要を紹介します。

この勧告は、突発的に起きたイレギュラーな状況の中で行われる人道支援への急激な需要の高まりに対して、国家が対応能力を向上させることの重要性を強調していることです。突発的災害が起きた際、医薬品や医療機器、通信機器、捜索救助用機器や動物などの救援物資の緊急的な輸入についての要件や手続きが不明確で、輸送や受け取りが遅れてしまうことがあります。この勧告では、災害当事国が国際緊急援助をリクエストしている、あるいは援助を受けていることを前提として、サプライチェーンにおける迅速な流通を確保するための対策が挙げられています。

推奨されるプラクティスは3つあります。一つ目は、あらかじめ計画を立てておくことと、優先するべき救援物資の越境移動に関する手続きを制定すること。二つ目は、そういった計画と手続きを関係者間できちんと合意しておくこと。国連CEFACTは、この「関係者」には援助を受ける者や救援物資や設備の提供者に加え、救援サービスや技術的アドバイスの提供者や政府規制機関、救援活動をサポートする民間事業者、併せて五つの関係者を挙げています。最後は、行政面や経済的な負担を積極的に減らすこと、です。

勧告では、災害発生後のスムーズな救援環境構築と社会機能の回復を確保するために必要な対策が想定されています。人と物資を含んだ国際的な人道的支援が急増するため、国境における入国手続き拠点がボトルネックになる可能性があります。特に、物資は災害発生から救援、社会機能回復という流れの最初から最後まで必要なものであり、常にスムーズに流通する状態でなければなりません。そのために現在の法律や政策、手続きを見直し、可能な限り手続きの所要時間を減らし、速やかに救援物資の優先順位を決めることが重要です。インフラや人の配置、ITシステムの一部、あるいはすべてが機能停止している可能性を考慮して、機能不全な状況を想定しつつ効率を最大化する政策を練る必要があります。さらに、被害を受けた場合に影響が大きい完全自動化された作業環境や情報システムを代替できるローテクノロジーなメカニズムと手続き方法を、前もって関係者間の協力によって準備しておくことも重要です。

それを実現できる一つのメカニズムとして、ワンストップショップ(One-Stop Shop)が挙げられています。一般的には、ワンストップとは例えば通関手続きにおいて官民連携したシステムにおいて一回の電子手続きをするだけで、手続き内容が当局を含む関係者に共有され、処理が可能となる技術的・手続的なソリューションのことです。ただ、ここで挙げられるワンストップショップはそれとは異なり、国境の入国地点において実際に必要な手続きを、紙か電子データかを問わず一括で処理するために設置する窓口のことを示しています。救援物資の流通を促進させるため、ワンストップショップは主要な空港や港、陸路における入国地点、あるいは影響を受けた地域に一番近い入国地点に設置されるべきものです。また、災害を受けた直後に、官公庁が当分の間機能しない可能性もあるため、法律や政策を通して緊急時のワンストップショップ起動について、事前に関係者の合意を得ておくことが重要です。

日本でも南海トラフ地震をはじめ大規模災害発生が懸念されています。南海トラフ地震については政府が応急対策活動計画[参照ページ]を公表していますが、東日本震災時の国内ロジスティクスの混乱を踏まえて、国内調達(在庫)物資のロジスティクス計画が中心で、海外物資の受入体制については言及されていません。大規模災害であっても、東日本震災時のように国内のいずれかの空港や港が正常に機能していることを前提としているのかもしれませんが、ワンストップショップをはじめ本勧告の考え方は日本においても有用ではないかと考えます。

勧告47号「パンデミック危機の貿易関連の対応」

もう一つ、関連性の高い勧告として、47号[参照ページ]が取り上げられています。

UN/CEFACT is constantly working on providing recommendations for efficient crisis response. When the COVID-19 crisis broke out in 2020, UN/CEFACT released its Recommendation 47 on Pandemic Crisis Trade-Related Response, which outlines measures to mitigate the adverse impact of the on-going public health crisis on trade flows.
UN/CEFACTは、効率的な危機対応のための勧告を提供することに常に取り組んでいる。2020年にCOVID-19危機が発生した際、UN/CEFACTは「パンデミック危機の貿易関連対応に関する勧告47」を発表し、進行中の公衆衛生危機が貿易フローに与える悪影響を緩和するための対策をまとめている。

勧告47号についても、今回の記事に関わる要素を中心に、その概要を紹介します。
本連載で以前の記事でも少し触れたとおり、これはCOVID-19のような感染症パンデミックによる貿易に対するネガティブな影響を軽減するための勧告です。各国は感染拡大防止のため輸入を規制しながら、食品の安全と国民の健康を確保することを目的として必需品の輸出制限も課すことがあり、国際的な貨物輸送に混乱がおきることで平常時の需要バランスが崩れてしまいます。この勧告は、パンデミックという非常事態における、政府が考慮すべき貿易関連対策についてのガイダンスとなっています。
例えば、サプライチェーンの安定には情報の適切な受発信が重要です。流行中のウイルスに関する情報や知識は刻々と変わり続けることが多く、防疫に必要な物資やサービスの特定と予測は非常に困難です。医療品やその他の必需品の供給が適切になされない恐れは高く、今回のパンデミックはその恐れが現実化したといえるでしょう。また、通常時にサプライチェーンが適切に機能していても、非常時に露呈してしまうであろう脆弱性を意識していない企業や関係者が多かったこともわかりました。ここでいう脆弱性とは、例えば人員不足や単一サプライヤーへの依存による供給源の不安定化、厳しい安全衛生政策による生産やサービスへの制限、国境における通関の機能不全、あるいは処理能力の低下から生じる物流問題などです。これらのどこかで発生したボトルネックから、複数のサプライチェーンの全面停止まで引き起こすこともあります。
したがって、タイムリーで適切な情報交換とサプライチェーンにおける信頼できる情報の持続的な確認が重要です。これらの情報は、パンデミックの範囲と経路、個人がパンデミック対策で備えるべき物資、影響を受けているサプライチェーンや輸送路、国境などを含んだものです。
そこで、信頼性の高くかつ常に最新の情報と、パンデミック全般の情報と貿易関連対策を、正しい発信元が関係者に通知する仕組みが欠かせません。さらに、情報を提供する者は情報が信頼できるかを判断するのがもちろんのこと、情報源も開示すべきです。情報源の透明性は情報の信頼度評価だけでなく、正規の情報源とベストプラクティスの確立にも役立つものとなるでしょう。

まとめ

コロナショックから少しずつ回復しつつある中で起きたウクライナ戦争、まさに世界的な「泣きっ面に蜂」状態です。ロシアとウクライナに隣接する国々や近隣地域だけでなく、その輸出資源への依存が大きい世界経済に対するダメージは大きなものとなってしまいました。世界がいまだ非常事態の中にあることを認識し、各国は今回取り上げた国連CEFACT勧告をベースとした包括的な対策を打ち出すことでサプライチェーンを安定させ、需給バランスを取り戻すことが求められていると言えるでしょう。
しかしながら、現時点では戦争を含めた非常事態に対応できる貿易・物流・サプライチェーンにおける方針やベストプラクティス、事例が不足していることも事実です。今回取り上げた二つの勧告も、それぞれ自然災害、パンデミック対策が中心です。戦争に端を発する混乱にぴたりと当てはまる措置には至っておらず、今後はそういった観点からの勧告が検討されたり、あるいは既存の勧告がより汎用的な非常事態に対応するために進化したりしていくのかも知れません。
当協会においても、既存勧告のアップデートや新しい勧告に関する情報に注視し、皆様へ継続的にお伝えする活動を強化していく予定です。

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