見出し画像

CEFACT入門 第2話 「CEFACT上位組織のUNECE-欧州のための組織から国際機関になるまで-」

【初出:月刊JASTPRO 2022年5月号(第516号)】

 今回はCEFACTの電子ビジネスに焦点を当て、EDI(Electronic Data Interchange=電子データ交換))とその国際標準EDIFACTをご紹介する予定でしたが、まずはCEFACTの上位組織であるUNECE(United Nations Economic Commission for Europe =国連欧州経済委員会)についてご紹介をしてまいりたいと思います。

 UNECEは名前の通り、欧州のために創設された組織です。それにもかかわらず、今日では多くの分野において国際標準や規制を確立する機関として活動しています。では、どのような過程を経て欧州のための組織がそのような役割を担うに至ったのか。CEFACTとその活動を掘り下げていくための前提となる知識としてご覧いただければと思います。

 CEFACTの歴史と基本原則については、第1話をご参照ください。

歴史

UNECEは、第二次世界大戦が終わった2年後である1947年にUNECOSOC(United Nations Economic and Social Council=国連経済社会理事会)により設立された、欧州初の地域経済委員会です。その最初のミッションは、欧州の戦後復興支援でした。欧州連合やその前身機関※が誕生する前の時期でもあり、UNECEは欧州諸国と世界の他の国々との間の経済関係を強化する責任も負っていました[参照ページ][参照ページ]。
※欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)→欧州経済共同体(EEC)→欧州諸共同体(EC)→欧州連合(EU)

 この段階では、UNECEはまだ欧州諸国のためだけの組織でした。しかし、その後に始まった東西冷戦の始まりと共に、UNECEは欧州だけでなく世界に向けた役割を担うようになってきました。特に、冷戦によって分断されたヨーロッパと北米の間の対話と協力のために、中立的且つ唯一のプラットフォームとして機能することになったのです[参照ページ]。どの国にも偏らない立場を活用して、道路標識の標準化や自動車の安全・汚染防止基準、欧州危険物国際道路輸送協定(ADR: Agreement Concerning the International Carriage of Dangerous Goods by Road)、農業分野品質標準(Agricultural Quality Standard )、貿易および輸送データの電子交換(EDIFACT)など、多くの標準化を手がけました[参照ページ]。いくつかの標準については具体例を後述します。

 冷戦終結後、UNECEには新しい役割がもたらされました。中・東欧諸国、特にソビエト連邦やユーゴスラビア連邦の解体とチェコ共和国とスロバキア共和国の分離によってもたらされた国の多くは、中央集権的計画経済体制でした。UNECEはこれらの国々の市場経済への移行を支援し、世界経済への参加を促すこととなったのです[参照ページ]。

 UNECEには欧州だけでなく、戦後復興に関与した北米、コーカサス、中央アジア、西アジアを含む56カ国が加盟しています[参照ページ](下記の地図参照)。その役割は経済的な地域協力を促進することを中心としており、政策対話のできる中立的なプラットフォームや規制・標準の開発また各国が規制・標準を展開するための政策面・技術面の支援を提供しています[参照ページ]。また近年では、経済活動が持続可能な開発に大きな影響を与えるという認識から、持続可能な開発目標の達成※に向けて行動している加盟国に対し、政策決定に有用な統計や分析、政策実施のためのキャパシティー・ビルディングも支援しています[参照ページ]。さらに、加盟国以外の国も、UNECEの標準を採択したり、条約を締結したり、規制に関する国際的な協力作業に参加したり、UNECEが実施した技術協力活動から利益を享受したりすることが可能です。
※中心となっているSDGs:3「すべての人に健康と福祉を」5「ジェンダー平等を実現しよう」6「安全な水とトイレを世界中に」7「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」8「働きがいも、経済成長も」9「産業と技術革新の基盤を作ろう」11「住み続けられる街づくりを」12「作る責任、使う責任」13「気候変動に具体的な対策を」15「陸の豊かさも守ろう」17「パートナーシップで目標を達成しよう」[参照ページ]

UNECEの加盟国(緑)
出典:UNECE

スコープ

 UNECEの事務局はスイス・ジュネーブの国連欧州本部に置かれており、約200人の職員が以下のように多岐にわたる分野に取り組んでいます。

  • 経済的な協力と融合

  • 環境政策

  • 持続可能なエネルギー

  • 森林と木材

  • 交通

  • 貿易

  • 住宅・土地管理

  • 人口

  • 統計

 このような幅広い分野において国際標準や規制を確立して普及させるためには、他の機関との協調は不可欠です。主なパートナーとしては、国連環境計画(UNEP: United Nations Environmental Programme)や世界保健機関(WHO: World Health Organization)といった国連ファミリーと呼ばれる機関や、経済協力開発機構(OECD: Organization for Economic Co-operation and Development)などの国際機関、欧州連合(EU)のような地域機関です[参照ページ]。

 それでは、具体例を見ながら、UNECEの国際標準に向けた取り組みを掘り下げてみます。

農産物と貿易

 UNECEの農業分野品質標準作業部会(WP.7)は「農業分野品質標準」を開発しました。新鮮な果物、野菜、乾燥した農産物、種芋、肉の最低品質基準を示し、該当農産物の特性に合わせて条件を設けています。この標準は、EUと国際植物保護条約にも採択されています。

 例として、種芋の基準を見てみましょう[参照ページ]。種芋は芋を繫殖する種として使われます。これから植えつけられる食用芋の品質を確保するためには、まず最低条件として表面が乾燥していることと有害な病気・害虫の影響を受けていないことが欠かせません。一部の病気には許容範囲がありますが、限度はそれぞれ違い、その種芋の重量に対する割合で計算されます。そのほか、種芋の塊茎のサイズ、ラベルの色や情報表記、包装とその閉め方なども規制されています。

 このように農産物に基準を設定することで、様々な効果が期待できます[参照ページ]。例えば世界共通の取引言語となることです。どこからの農産物であっても、農業分野品質標準の指定したラベルが貼付されていれば、一定程度の条件が満たされているとわかります。さらに、定められた共通用語と調和された品質要件を通じて、買い手と売り手は市場に出回されている商品のクオリティをしっかりと把握できます。

 これらの取り組みによって、農産物の貿易における技術的障害を防げるとともに、市場における透明度が高まります。そして何より、国際標準の真の目的でもありますが。品質の保証や管理をすることによって低品質の農産物を市場から排除し、消費者の利益と健康を守ることができます。

交通

 「道路交通に関する条約(1968年、別名:ウィーン交通条約)」はUNECOSOCの「交通に関する会議」で合意に達し、ウィーンで締結されました。締約国はドイツやフランスといったヨーロッパ諸国、韓国やフィリピンなどのアジア諸国、メキシコとブラジルなどの北南米諸国等、計85ヶ国に上ります。締結後、交通安全のグローバルフォーラム(WP.1、前の名前は「道路交通安全作業部会」)はUNECEの傘下組織として設立され、条約の管理を行っています。

 1949年にジュネーブで採択されたもう一つの道路交通条約(「道路交通に関する条約」、別名:ジュネーヴ交通条約)と併せて、この1968年の条約は主要道路交通ルールの基盤を整えた重要な法的文書です。締約国は条約で規定された安全運転のための道路規則を自国の交通法規に反映することになります。その中に、他車との安全な距離やシートベルトの着用、運転中の携帯電話使用の禁止など、日本でもよく聞く注意事項があります。また、1968年条約は運転免許証の取得や継続のための条件を策定しました。そして条約は締約時点から適時アップデートが行われており、現代では最新のテクノロジーである運転支援システムの認許等に関してもカバーされています。

 もう一つ、「道路標識及び信号に関するウィーン条約」も、道路交通安全を確保する条約です。上記で挙げた国を含む計69ヶ国が締約しています。名前の通り、この条約は記号と信号システムに使用される図形や色、グラフィックシンボルなど、道路標示の要件を指定、定義することによって、国際交通の促進と交通安全の向上を図っています。

条約では参照符号が250個あり、標識は主に「警戒標識」「規制標識」「案内標識」の3つに分類されています[参照ページ13]。日本はこの条約に署名していないですが、標識の分類、イラストや色に類似するところが多いです[参照ページ]。下記に条約で提案された参照符号とそれに似ている日本の標識をご参照ください。

出典:国土交通省 道路局
道路標識及び信号に関するウィーン条約

考察

それでは、ヨーロッパの組織が世界中の多くの国に採用される国際標準を扱うことになったのかを考察していきます。

まずは、世界情勢に対応した役割の変遷を経てきたという点が挙げられます。歴史の項で触れた通り、UNECEは第二次大戦終了後、かつEUに至る欧州の経済的共同体よりも前に設立されています。欧州諸国の経済復興支援を目的とした機関として、一定の信頼性があったのではないかと考えられます。その後、冷戦時代には東西を繋げる使命を任され、中立的なコミュニケーションプラットフォームを築き上げました。これによって、UNECEは活動の場をヨーロッパだけでなく国際舞台に広げることとなりました。そしてこの機会に、UNECEはさまざまな国際標準と規制の開発、各国への浸透を図りました。前述の農業分野品質標準や二つの道路交通に関する条約以外にも、1958年に「国連の車両等の型式認定相互承認協定」、1975年に「コンテナーに関する通関条約及び国際道路運送手帳による担保の下で行なう貨物の国際運送に関する通関条約」(TIR条約)が締結されました[参照ページ]。

冷戦後、UNECEは計画経済を採用していた国の市場経済への経済移行を支援することを取り組んでいました。必要としていた国を中立の立場から力を添えていたUNECEは、その公正さと各国のグローバルエコノミーへの融合に貢献する姿勢は、世界から更なる信頼を得たのではないかと考えられます。

こういった役割の変遷だけではなく、UNECE自体の取組として各国に対する積極的なフォローアップも国際標準の普及を加速させるための特筆すべき功績です。例えば、UNECEは各国における国際標準の採用や実施を促進するため、3つのサポートを提供しています[参照ページ]。

1つ目は、加盟国向けの分析評価です。UNECEは加盟国のリクエストにより、特定されたセクターの政策や慣行について国レベルの分析評価を行います。これにより、加盟国はどうすれば現段階の慣行をUNECEの定めたグッドプラクティスへ変えるかを把握でき、より良い規制慣行について深く理解できます。

2つ目は、法的拘束力のある文書のためのコンプライアンス・ツールです。これは、国の政策決定がもたらした効果を分析評価するツールです。例えば、「UNECEの越境影響の環境アセスメント条約」(エスポー条約、越境事業計画の環境への影響を回避や補償、モニタリングするために、事業計画の早い段階で負の環境影響を検討することを求める条約)[参照ページ]の補助として、「戦略的環境アセスメント」(SEA: Strategic Environmental Assessment)というツールがあります。SEAは、異なる計画や政策の選択肢が内包している環境と健康への影響を分析し、関連機関と一般の意見を求めます。政策決定者はSEAを通して選択肢のメリットデメリットを早い段階で把握して、不十分な計画による悪影響や損害を回避できるようになります[参照ページ]。

3つ目は、堅実な分析と技術的な専門知識を活用した協力活動です。前述の通り、これは規制と標準を履行できる能力を備えさせるように各国への政策面の検討と技術支援です。具体的には、政策関連課題にターゲットにしたコンサルテーションやワークショップ、セミナー、(施設等の)見学、トレーニングによるキャパシティー・ビルディングなどがあります[参照ページ]。

結論

 ここまでのとおり、UNECEは設立以来その役割と焦点を世の中のニーズに合わせて変遷させてきました。設立当時の欧州復興という目的を超え、国連組織であるという中立的立場を生かした国際標準確立のためのさまざまな取り組みが多くの国に支持されてきました。また、UNECE自身も欧州以外からの参加を拒むことなく受け入れ、国際標準を浸透させるための具体的な活動を続けてきた結果として、現在においては国際標準を手掛けるUNCEFACTを傘下に持つ国際的な組織へと発展してきたと言えるでしょう。

 次回は、今回の内容を踏まえ、電子データ交換の世界標準として開発・運用されてきたEDIFACTについてご紹介予定です。(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?