デンマークの外国語教育とその必要性―移民との共生の視点から―【第四章:方法論】
北欧研究所の石本です。私は、2023年6月から2024年6月までの北欧研究所でのインターンシップ期間に、個人研究論文を執筆いたしました。章ごとにnoteの記事を分けており、本記事は、「第四章:方法論」となります。尚、その他の章は記事の最後に記載のリンクよりご覧いただくことができます。最後まで、ご一読いただければ幸いです。
文責:石本千智
4.方法論
第三章までは、批判的多文化主義のアプローチから、デンマークの外国語教育の実態を考察してきた。第四章以降では、こういった外国語教育の実態を踏まえたうえで、デンマークに居住するデンマーク人や移民がどういった影響を受けているのか、そこから、外国語教育がどういった役割を担っているのかを、アンケート調査の結果を通して明らかにしていく。
ディクソンら(Dixson et al., 2006)は、階級やジェンダー、その他の不平等に対する批判的分析において方法論的に重要な役割を果たすのは「カウンターストーリーテリング」―いわゆるマイノリティの人が差別を受けた経験を強調することで声をあげることを目的としたライティング・バックの一形態―、であると強調している。したがって、筆者はカウンターストーリーテリングの手法としてアンケート調査を選択した。
4.1 調査デザイン
第一に、アンケート調査に関して、研究課題に基づいたうえで調査対象者の範囲を決定する三つの基準を設定した。1)デンマークへの移住経験者または移民と交流経験のあるデンマーク国籍保有者であること、2)筆者の知人またはその知人であること、3)デンマーク語、日本語、英語のいずれかでの回答が可能な者、である。
一つ目と二つ目の基準は、より精度の高い調査結果を得るために設定した。第一に、移住という分野と全く接点のない者たちは、アンケートの回答に自分自身の経験を反映することができず、更に、信憑性の低いインターネットを含む他者からの情報のみを反映した回答を記述する可能性がある。これらを考慮し、移民と無関係である者は調査の対象外とした。第二に、限られた時間と地理的範囲でのサンプリング調査であることを踏まえ、情報提供者の収集にはスノーボール・サンプリング方法を用いた。特に、筆者の日本に20年以上居住した経験と、デンマークに在住している現在の状況を考慮すると、筆者の知人やその知人にアンケートに回答していただく事が最も容易に参入できるデータ収集方法であった。加えて、このアンケート調査は完全に匿名であったため、いたずらな回答を回避するために、無作為抽出はしなかった。最後に、第三の基準として言語基準を加えた理由としては、筆者の言語能力が限られていることを考慮したからである。筆者にとって、デンマーク語、日本語、英語以外の言語で記述された回答は、研究論文のために英語に翻訳することが困難である。インターネット上には利用可能な翻訳機があるとはいえ、言語間には常にニュアンスの違いがあり、回答が誤訳される可能性もあることを考慮した。
4.1.1 回答者について
前述の調査デザインを踏まえ、この研究における調査の第一のデータ収集方法は、デンマークでの無記名アンケートで、前述の条件を全て満たした対象者より回答を得たものを分析した。無記名アンケートの実施は2023年12月2日から2024年1月31日まで実施され、回答者は合計50名となった。内訳としては、デンマークの移民である者が41名、デンマーク国民である者が8名、出生国を無記名である者が1名となった。また、情報提供者の全員が移住に関わったことがある、又は現在関わっている者であるとはいえ、必ずしもその分野の専門家ではないことは考慮すべきである。
特記すべきこととして、この調査では出生国を問う質問と、居住経験のある国を問う質問によって、回答者がデンマークにおいて移民的背景を持つか否かを区分することを図ったが、回答者のジェンダーを問う質問は含めなかった。しかし、ジェンダーの視点は、移民研究においてしばしば議論され、この視点は一般的に、移民のパターンを組織化する社会関係要因の一つとして用いられている(Hondagneu-Sotelo, 1994)。例えば、ホンダグネウソテロ(Hondagneu-Sotelo, 1994) は、近所付き合いや、学校の先生、病院の医者とのコミュニケーションを初めとする、移住先での社会的ネットワークへのアクセスは、男性移民よりも女性移民の方が多い傾向にある、と論じている。この考察から、女性移民は男性移民より、移住先国の母国語を聞いたり使ったりする機会が多く、母国語を知る必要性をより強く認識していると推測ができる。したがって、この推測を考慮すれば、女性移民のみから意見を収集することは、偏った調査結果を生み出す可能性があると考え、少なくとも生物学上のジェンダーである男女両方の情報提供者を収集することを考慮した。
4.1.2 アンケート内容
情報提供者は、事前に設定した基準によって抽出されたため、全員が日本語又は英語で回答した。したがって、本稿で使用する日本語以外の回答の引用は、すべて筆者が日本語に翻訳した。
質問の種類は、はい又はいいえで回答可能であるクローズドクエスチョンが少数と、情報提供者に詳細な回答を促すことができる自由形式の質問が多数を占めている。含まれるクローズドクエスチョンはすべて、情報提供者がその回答の詳細については次に続く自由形式の質問で記述できるように設定した。更に、提供者が調査内容を理解し、研究領域に入り込みやすくするため、比較的答えやすい質問から始めるアンケートの構成方法を用いた。
また、透明性の高い調査の実施は、調査実施者と情報提供者の間の誤解や混乱、後日のトラブルを回避するために重要であることを考慮し、アンケート調査の冒頭には、調査実施者である筆者の連絡先、調査の目的、匿名性、回答データの削除日についての簡単な説明文を記載した。
4.1.3 分析方法
アンケートはGoogleフォーム上で作成し、電子メール、Messenger、WhatsApp、LINEのいずれかの連絡プラットフォームを用いて情報提供者にフォームのリンクを共有した。MessengerとWhatsAppはデンマークでは多くの人々に利用されているインスタントメッセージングプラットフォームであるため、優先して使用した。
回答収集後の分析方法としては、回答の概要や各回答の割合を見るためにGoogleフォームを、個々の回答を閲覧したり引用したりするためにGoogleスプレッドシートを使ってデータを分析した。また、次の第五章で示すグラフの作成にもGoogleスプレッドシートを使用した。
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