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漆はjapanか否か

漆のことを英語でなんと呼ぶかという問題はかなり奥深いものがあり、日本で英和辞典を紐解くとjapanの項目に「漆、漆器」と書いてあるものの、英語圏に行くと全然漆器の意味で使われていないという現実に直面します。日本という意味しか知らないというのです。あれ、おかしいなという疑問がずっとありました。また、このような言葉の解釈問題もある一方、漆がChinese lacquerと呼ばれる問題もあります。
当社で直面しているのはChineseの問題なのですが、日本産も中国産も漆ならChinese lacquerと呼ぶ外国人も多いです。日本で採った漆なのにチャイナと呼ばれるのは残念ですが、日本がこれまでurushiを積極的に使ってこなかったのも原因ではないかと思います。

遡れば、大阪帝大の眞島博士が漆の主成分ウルシオール Urushiolを世界で初めて同定したことでUrushiが海外でも一定程度認知されたり、日本文化に詳しかったり好きな方々が日本の漆器をUrushiwareと言ってくれたりはするのですが、Chinese lacquerの壁はまだ厚いです。

時々話題になりますが、japanの問題もかなり複雑で、中世のヨーロッパに日本の漆が与えた影響は大きいのは事実で、japanningやjapannedという漆っぽい黒い塗装技術の開発に繋がります。日本人(今の我々)としては日本の漆器をjapanと呼んで珍重してほしいのですが😅、当時の西洋ではjapanを現地で真似できないかと考えたのでした。マリー・アントワネットが有名ですが、日本の本物の漆器を蒐集できたのはほんの一握りでした。

japanning(nnとつづるのが正式らしい)は木工技術などと結びついて、今でもその影響が残っています。 特にアンティーク好きの外国人はjapanningが現在もまだ通用しています。このジャパニングにもいろいろあって、日本から輸入した漆製品の一部を使ってみたり、完全に自前で黒っぽい塗料を作って塗ってみたりと様々です。

ということで、実際のところどうなのか、Blueskyで英語で呼びかけてみました。japanという言葉をlacquer又はlacquerwareの意味で使ったことがあるか?何かエピソードはないかと。

その結果、もう死語になっているというのが、ネイティブの大多数からの話でした。何十年もイギリス、アメリカ、オーストラリアにいるけど一回も聞いたことがないという方も。

しかし、アンティークや雑学に詳しい人はいるものでいろいろな話を聞くことができました。

おそらく1970年代くらいまでこのような缶入りのjapanning塗料が売られていたそうです。しかし漆ではありません。

このネジも漆ではなく単なる黒色に塗装したものです。でも現在もjapannedという言葉が使われているのは驚きでした。


興味深いエピソードとしては、イギリス人の奥様がイギリスのウェールズ、ポンティプール出身で、20世紀初頭まで、ポンティプールはjapannedの家具を最も多く生産している地域の一つだったと。そこも1945年には廃れたとのことでした。

あと、第二次大戦から復員した米兵が占領下の日本みやげで持ち込んだ漆器をjapanと呼んでいたけど、もうそういう話も聞かなくなったなあとか。おじいさんおばあさんの思い出と共に話してくれる方もいました。

一番おもしろいと思った話題は、スティーリー・ダンの1973年のアルバム Countdown to ecstasy のBodhisattva(菩薩)という曲の歌詞に"The shine of your Japan"というのが出てくるという話でした。 まさしく漆器の光という意味です。"To sparkle in your China"という歌詞も出てくる!
ちなみに当社のブランド「葆光庵」の葆光とは、漆器の放つ柔らかな光という意味なのですが、それに通じているではないですか。

調べてみると、スティーリー・ダンというバンド名は「裸のランチ」に登場する特大の男性器の張型「ヨコハマから来たスティーリー・ダン」から由来するそうで、歌詞に漆器が出てくるのも、さもありなんという気がします。


結論としては、"japan=漆"は海外ではほとんど死語になっていますが、アンティーク好きや文化財専門家の間ではまだ通用するということです。japannedとかjapanningという表記で。 現在の日本人が期待するような、日本の漆器をそのままjapanと理解している英語ネイティブは聞いた中ではいなかったです。

輪島の漆芸家、イギリス人のスザーン・ロスさんは漆器はジャパンといいませんと以前から断言していました。 小西美術工藝社の社長、デービッド・アトキンソンさんは「漆はjapanです」と誰かが言っても否定することはありませんでしたが、オックスフォード大で日本学を専攻されていましたから、japannedなどを理解されていたのでしょう。

漆はジャパン、漆器はジャパンと呼んでいるのは実は日本人だけで、和製英語みたいになっています。 マニアな外国人が、ああjapanningのことかと推測して理解してくれるだけだと思います。
ただ、言葉というのは時代で変遷するのでjapanが漆器の意味になるかもしれませんが、私はUrushiを推したいですね。

国産漆を育て後世に継承するための活動を行っています。ご支援をよろしくお願い致します。