【その2】ミュージカル『この世界の片隅に』黒村径子役:音月桂さんにぜひ演劇賞を!
日生劇場の初日からSNSでは絶賛の嵐だった
第二幕で径子さん(音月さん)が歌った『自由の色』は初日から満席の客席を魅了しその歌声と歌の力は、呉の大千穐楽まで観客を惹きつけ続けました。
この歌はとても難しい歌です。(歌ってみればわかります笑)
①男声レベルの低音から細い女声の高音まで変化し続けること
→音月さんは元宝塚歌劇団雪組の男役トップスターでしたが、現役時代に
『ハウ・トゥー・サクシード』How To Succeed in Business Without Really Trying!-努力しないで出世する方法- の主人公を演じた際、海外制作チームが来日して音月さんの出す男声に驚愕したというエピソードがあります。
”なぜケイは完璧な男声だ出せるのか?”という問いに対して劇団側の制作スタッフは"音月さんは1000人に1人の奇跡の声帯の持ち主なんです"と答えたとのこと。『自由の色』もところどころに低音で歌い終わるパートがあります。”奇跡の声帯”というgiftedがある音月さんだからこそ歌えた歌です。
②”自由の色”を歌う場面は前の場面から繋がっていて、歌い終わりもすぐに次の場面に繋がる・・・自然な芝居の流れの中で歌う歌
→ミュージカルのソロの歌の場面でよくあるのは、「歌う人の独白から歌になる」です。ところが”自由の色”は、すずさん(昆さん・大原さんWキャスト)と会話している場面で、すずさんに語り掛けている言葉がそのまま歌に繋がります。そしてすずさんと2人で最後歌い終わった後すぐにすずさんのセリフが入ります。歌いあげて拍手が入る間はココですよ!ということも無く、(もちろん歌の後に拍手は入りましたが)物語が続くのです。
一般的なソロ歌の場合、歌い終わりは舞台センターでスポットライトを浴びて歌いあげて袖にはける・・・・ですが、全くそうでは無い。
更にすずさんがWキャストなので、毎回芝居の相手が違います。昆さんと大原さんは歌い方も全く違う。だから径子さん(音月さん)もその日のその回の相手の芝居に融合させて”自由の色”を歌っていました。
特徴としては、特に全ツ中にどんどん力強くなっていった昆さんのすずさんの時は歌を心にぶつけるように。また、芝居力が高い大原さんのすずさんの時は歌の出だしがほぼセリフだった回もありました。
単に歌が上手いからだけでは無く、芝居の【場面】と相手に応じて歌い方を変化させ、その時の最高の【場面】にするという能力。この能力の高さを持っているのが音月さんです。
アンジェラ・アキさんが”One and Only!”と絶賛するのも納得です。
観劇した友人からの言葉「この作品の主人公はすずさんと径子さんです」
年間に100本以上ミュージカルや演劇を観劇する友人Nさんの言葉です。
Nさんは”この世界の片隅に”の原作やアニメは未見で、ミュージカルで”この世界の片隅に”を観ました。
事前情報や既成概念が無くまっすぐにこの作品を観た方の率直な感想でした。
”自由の色”が歌われる場面は、この作品のテーマである「すずさんの居場所探し」へのアンサーソングの場面でもあります。
”親に決められてきた人生、自分で決めて来なかった人生”を歩んできたすずさんが径子さんのメッセージによって初めて”自分の居場所はココだ”と広島に帰ることを止めて呉の北條家にいることを決めた場面です。
Nさんは作品のテーマである「すずさんの居場所探し」がこの場面で決まった事を知り、「主人公はすずさんと径子さん。この作品はこの2人の物語」と言いました。納得です。
音月桂さんはそもそも芝居力が高い”表現者”
桂さんは”表現者”という言葉をよく使われます。
現役時代から特に歌の上手さが高く評価されてきた俳優さんですが、
私は2005年くらいからずっと桂さんの舞台を観続けていて、歌はもちろんいつもそのお芝居に魅了されていました。
演劇もミュージカルも”役を生きる・生き抜く”ことには変わりなく、桂さんはそれをずっと体現してきた素晴らしい俳優さんです。
かなり前になりますが長年桂さんと一緒に舞台に立っていた俳優さんから
「音月さんの凄いところは、例えば直前まで死んだばかりの場面を演じていたのに直後にすっと違う場面に感情を引きずることなく入ることが出来る。つまりお芝居が凄いんです!」と伺ったことがあります。
”役を生きる”のは生身の人間です。その時の自分の感情ももちろん持っています。だからこそ場面転換で前の芝居や感情を引きずらないで物語を紡ぐことが出来るのは"表現者"としてプロ中のプロでしょう。
かたすミュは時代が行ったり来たりする演出で、場面転換も多い作品でした。音月さんの芝居力の高さも存分に発揮されました。黒村径子という役を生きることは音月桂さんだからこそ、だったと心から思います。
2024年、音月桂さんにぜひ演劇賞を!
演劇界にもいろいろな賞がありますが、2024年の助演女優賞はぜひ音月さんに取っていただきたいです。
特にミュージカル『この世界の片隅に』という舞台で、
①【芝居と歌の両方の能力の高さを全観客が認めている点】
・作品のキーパーソンとして最上級の歌と芝居を魅せてくれたこと
・それを観客が絶賛したこと
・音響や照明、舞台美術など全く違う劇場全てで音月さんのセリフや歌は明瞭にどの席に居ても客席に届いていたこと
・音月さんが歌う”自由の色”はこのミュージカルを観た大勢の人たちの心に強く残ったこと
・広島弁を完璧にマスターしていたこと→広島在住のミュージカルファンの方が呉で公演を観劇して「今まで観たどの作品のどの俳優さんよりも広島出身ですよね?と思ったほど完璧でした」とおっしゃいました。音月さんとしては「今回呉で公演があるということでキャストの発音などを地元のお客様が聞いた時になんか違う???と気を取られてしまって作品に集中出来ないのはよくないとカンパニー全員でとにかく言葉は頑張りました」とのことでした。
②【カンパニーの心理的安全性を創り出す存在でありサーバントリーダーシップを取れていたと思われる点】
・周作さん役の村井良大さんがインスタライブで「桂さんは袖でも他のキャストが舞台に出る前に衣装をチェックしてOKかどうかを見ていたりしてくれていた」と言うようにカンパニーでもサーバントリーダーシップを取っていたこと
・メインキャストでソロがある役は音月さんだけですが、日生劇場の初日から呉の千穐楽まで55公演全てパーフェクトに舞台に立ち続けたこと。
(すずさん、周作さん、水原哲さんはWキャスト、少女時代のすずさんや
黒村晴美さんはトリプルキャスト。1週間ごとに移動する全国ツアーです。この間の体調を整えたり作品に集中すること自体難易度が高い)
こちらも村井さんがおっしゃっていましたが、
「Wキャストでもこの作品を完走する難しさはいつも感じながら役に取り組んでいた。それなのに桂さんはあれだけの出番と歌と感情を込めた芝居があるのに全55公演をシングルでやり遂げた。本当に尊敬しかない」と。音月さんの存在がカンパニーの心理的安全性を創り出していたとも言えます。
上記は全て演劇人の方々の目指す姿でもあると私は思います。
また今年上演のミュージカルで劇中歌と役がここまで固有名詞で絶賛されたものは無かったと記憶しています。
恐らく再演はあるだろうと思って期待していますが、再演を待たずにぜひ2024年の演劇賞を音月さんに取っていただきたいと強く願います。
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