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母親との関係を今、おもうと・・・

みなさま、おはこんばんは~!!

八月に娘が無事、結婚式を終え、母親としての役目もとりあえずは
終了。
よくここまでがんばった自分✨とか思いつつ、
ふと、お式の日に娘がわたしたち夫婦にくれた手紙を
読み返していました。

「お母さんは昔から親というよりも友達みたいで、
なにか困ったことがあると、どんなことでも相談に乗ってくれた」
という娘からの言葉で、

うんうん、たしかにわたしも、親として・・というよりも、
一人の人間として、人生の先輩として、アドバイスしていたような気がする。

わたしは不思議と、娘が自分で決めた選択肢にたいして、
「不安」も「心配」もなかったんですよ。
あなたなら大丈夫。
あなたなら、きっとできる。
そう信じて、静かに見守ってました。

受験のときですら、まったく心配してませんでした。
この子なら、きっと大丈夫。
なんでそう思うのかというと、
彼女がめちゃくちゃ努力していた姿を知っていたから。

本当に、わたしも旦那も、
娘のことを心の底から信じていたなぁと。

そこまで、考えて、
ふっと、わたし自身と自分の親とのことを思い出す。

うちの母親は、かなりの過干渉でした。
わたしに起こるであろう問題を、先回りして
問題の芽を摘んでゆくようなタイプでした。

そしてわたしは、そういう親に逆らえない子供でした。
いつも親の顔色を窺って過ごすような子供でした。

親が許可を出さないと、部活動の合宿ですら行けなかった。
(無視して行っちゃったけど💦)
わたしがなにかしたい、こんなことしたいねんと話すと、
まず否定から入る。
「そんなん難しいでしょ」
「ふつうはしないでしょ」
未成年の身では、親の許可がないとできないことがほとんど。
わたしの不満は、かなりのものでした。

次第に、「やりたいこと」が無理と言われるのがわかっていると、
親に嘘をついて、押し通すことが多くなった。
ダメだとわかってても、どうしてもやりたい、行きたいことには
嘘ついてごまかした。

成人して、仕事に行き始めても、
我が家には門限がありました。
23時までには帰宅しろと言われてましたが、会社の飲み会とかがあると、
そうもいかない。
ものすごく窮屈だった。

一度目の旦那と離婚することが決まったときも、
「親が出ていかないと」って、わたしと元旦那の話し合いに
首突っ込もうとしてきたり。

今では、
自分が人の親になってはじめて、
あのときは母なりに、わたしのためを思い、心配してくれてたんだろうなぁと思えるようになった。

と、同時に、
今のわたしと娘の間柄をみていると、

母がわたしをどんなふうにみていたのかが、顕著に感じられる。

わたしは、母から、信用されていなかったのだなぁと。

わたしは、自分の娘のことを
「あなたなら大丈夫。きっとできる」そう言い続けて
育ててきました。
実際、不安になることもほぼなかった。


わたしの母は、よく言ってました。
「あなたのことが心配」

うらを返せば、
「わたしには無理だろう。傷つくかもしれないからやめとき?」
「そんなの成功するの、一部の人だけだよ。普通が一番」

それって、ようするに、

わたしにはできない。無理。とはなから思われていたのだろうな。
そこまで否定的ではなくとも、

わたしが娘に感じたような「きっと大丈夫。だから信じてやってみな」って感情は、ほとんどなく、
不安や心配の気持ちばかりだったのだろうなと。


いまとなってはもう、両親にたいしてなにも思わないけど、

わたしが一番、なにかをチャレンジしてみたいと張り切っていたときに、
信じてほしかったなぁと。

なんとなく、そんなことを思った今日でした。


なんか、ちょっとしめっぽい話になり、ごめんちゃい(o*。_。)


親子って難しいね。

子供は、親の所有物ではないし、
親だからといって、子供の人生を自分のおもうようにコントロールしちゃいかんのよ・・・。

子供は子供の人生。
その子が決めて、その子が選択していく。自己責任で。

それを、見守ってあげて、危ないほうに進みそうになったら
横からそっと手を差し出してあげればいいんじゃないかなと
思うのです。



長々と、わたくしごとに付き合ってくださり、ありがとうございました(n*´ω`*n)


よろしければ(n*´ω`*n)