絵本『古井戸に落ちたロバ』ができるまで
「あなたを責めているわけではないです。しかし、そちらが盗用ではないとあくまでも主張されるのであれば訴訟します。これを絶版ということにしていただければ、この件はそれでお終いにしましょう....」
怒りと悲しみと絶望と少しの安堵が相まって、少しでも動いたら泣き崩れそうな自分は、椅子にしがみつくようにじっと動けずにいた。
w急展開でごめんなさい。
やはりこの絵本を紹介するためには、この絵本ができる経緯を書かなければと思い、いきなり修羅場のシーンからスタートしました。
勤めていた出版社から出向という名目で、じゃこめてい出版を引き継いだ私は、出向先の出版社の営業とじゃこめてい出版の経理以外のすべての業務をこなしていました。
二足のわらじを履きこなすほど能力がなかった私は、なんとか「じゃこめてい出版でベストセラーを出して、早く出向先を辞めたい」と焦っていました。
焦るとろくなことがないのが人生というもので、「有名俳優の推薦ももらえるから」ということで飛びついて作った本は、泣く泣く絶版ということになり、会社に300万円ほどの赤字を作ってしまいました。
ベストセラーどころか、あやうく会社をつぶすほどの問題に発展しそうなことを起こしてしまった私は、この先やっていけるのだろうかという不安が一気に爆発し、会社を辞めようかどうか悩みに悩んでいました。
それでも次の本を作らざるを終えない状況の中、仕事をしていても、「なんでこんなことになったのか…」「あの人の口車に乗ったのがいけなかったのか…」「いったい、どこで間違ったのか…」、頭の中では ”自分は悪くない"という言い訳を探し、この先、この仕事を続けていく自信をどんどん喪失していくばかりでした。
頭の中での言い訳も尽きたとき、ようやく自分の心の声が聞こえるようになりました。
心の声ははっきりと、
「他人のばかりしていたって、結局自分ですべて判断したことだろ。他人の話に振り回されて自分の判断をうやむやにしてたら、この先も同じことが起こるぞ。」
やっと「すべては自分のせいだ」「最終的に自分で判断したのだから、すべて自分の責任だ」「もうあれこれ理由を探すのはやめよう」という思いに至ることができたその日、いつものようにネットサーフィンしていたら偶然、北山耕平さんのブログを見つけ、【古井戸に落ちたロバのおはなし】が目に飛び込んできました。
読んだ瞬間に全身が痺れるような感覚になり、
「これは!このおはなしは、自分自身だ!」
「これを絵本にしたい!これを絵本にしなければ!!」
想いが爆発して、すぐにブログにあったメールアドレスから北山耕平さんに連絡しました。
直ぐにお会いし北山さんからも絵本化を快諾いただくことができました。
絵本を作る!と決めた瞬間から絶対に成功させるという強い決意を抱く自分と、「もう絶対に失敗できない…」という不安を抱く自分を同時に感じていました。
しかし、失敗から得た「すべては自分の責任」という覚悟からなのか、「この絵本が売れなかったら自分には編集者としての才能がないということだから、潔くやめよう」という考えが浮かんできました。
会社を辞めてどうするということは一切考えず、
「もしだめだとしても、後悔なくやり切ったなら、それでいい。」
振り切った清々しさがありました。
『絵本はそう簡単に売れないよ。』『絵本を1から作ったことあるの?簡単だと思ってるでしょ?いちばん難しいっといっていいぐらいだよ。』
社内の人たちは心配で言ってくれているのでしょうが、”がんばって”の声より心配の声が大きく聞こえるのは気のせいではなく、一度聞いた声は耳から離れません。
とにかく周りの声をかき消すためと、会社にこれ以上負担をかけたくない、私の覚悟を見せたい!という思いから、印刷代100万円を自費で出すことにしました。
封筒に入れた100万円を社長に渡すときは、「100万円を自己負担するので、自由にやらせてください!」とはっきりと伝えました。
社長は、「なにも、そこまでしなくても…」と言ってくれましたが、覚悟をはっきりと示したことで、今までとは全く違う感覚で編集に取り組めることに自分自身がワクワクしていました。
一つも妥協することなく、一つの言い訳を探すこともなく、自分の仕事として、売れるものを、利益の出るものを目指し、イラストレーターのobaさんと二人三脚で、1年半をかけて作り上げた絵本。それが、『古井戸に落ちたロバ』でした。
東日本大震災の1か月前に完成した絵本。もう一つ大きな人生の転換期と言える震災の混乱から3ヶ月が経ち、少し落ち着いてこの絵本について考えることができた7月。
7月30日、国分寺にあるカフェスローさんを借り切って【出版記念チャリティ講演会】を行いました。
多くの方々のご協力により60名を超える参加者のみなにお集まりいただいたイベントでは、北山さんのお話の途中から突然の激しい雨、そして雷鳴がとどろくなか、北山さん曰く「天からのメッセージですね」と、なんとも神聖な空気が会場全体を覆うような出来事もありました。そして、終了後にはさっきの雷雨が噓のような美しい夜空が広がっていました。
この絵本に込めた思いをご来場の皆様と分かち合うことができたことは、生涯忘れない想いです。
「震災を乗り越えるメッセージがこの絵本はあります!」
参加者の方からいただいた感想は、これ以上ないぐらいの励みになりました。
「やっぱり作ってよかった。かならず多くの人たちに届けるぞ!」
そう新たに決意を固めた日になりました。
チャリティイベントでしっかりとした手ごたえを感じましたが、しかし、たった一回のイベントで一気に絵本が広まるほど出版業界は甘い世界ではありません。
イベントから1か月、2か月と経ち、新刊の編集をこなしながら日々思うことは、「絵本をこれから先、どうやって広めていくのか?」次の一手を考えていました。
そんなある日、一本の電話がかかってきました。
この電話が、この絵本にとって、私にとっての ″運命” を決定づけるものだとは、予想だにしませんでした。
さらにつづく