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スピリチュアリティを学んで得たものを実感

昨日、とてもおいしい自然薯料理のお店に行きました。

未だ、写真を撮るという発想が無く食べ始めて、他の席の方が撮っているのを見て気づくというね…。写真はお店のHPから拝借( ̄m ̄〃)ぷぷっ!

母の食欲に驚き!自然薯恐るべし!!家でも軽く一杯(100g程度)しか食べないのに、とろろの美味しさで、お店の器で一杯半いきました。多分一杯150gくらいあったので、いつもの倍!!ちなみに、自分は一杯で十分でした💦

食べるのは良いのだけれど、驚いた理由は数日前の夜中に胃痙攣で苦しんだとは思えない食べっぷりに、でした。

火曜日(28日)夜中の2時半過ぎに弟から着信。一瞬身構えましたが、スピリチュアリティを学んでいるので、何が起こっても対処するという何かが自分の中に起こり呼吸をして、グランディングをしてから応答。

母が一時間以上お腹の痛みで苦しんでいるという電話でした。すると冷静に今聞くべき事やするべき事がわかり、それによって持って行くべき漢方薬や医療薬がわかりました。

実家についてからも過去の経験から、鳩尾・脇腹・肋骨下に痛みがあるのを確認して、持ってきた漢方薬だけで大丈夫と判断して服用してもらいました。

スピリチュアリティを学ぶ前であったら、父親が倒れた時と同じように心臓バクバクしながら焦りながら対処していたはず。心臓バクバクどころかいつもと変わらないというか、落ち着きすぎていたと言った方が良いかも…

その後、母は状態が落ち着いて眠くなったようで「もう帰っていいよ」と言って、さっさと寝る準備(笑)🤣🤣🤣

脳関係だったら怖いのでそのための漢方薬も飲んでもらい、自分は帰宅。

うちに帰ってからも冷静に対処した自分にビックリしつつ就寝。

母は、年も年なのでどこかで「覚悟」はしている。

父親は病気がちで自分が大学卒業時からはいつ死んでもおかしくないとう覚悟でいたのにも関わらず、いざその時になると冷静でいられない自分がいて驚いた。

母の時も「覚悟」はしているけど、冷静に対処できるかは未知だった。今回自分の落ち着き様に自分で驚いた…。

これがスピリチュアリティを学んだ結果なのかもしれないと実感。

死ぬという事は、物理的な体の中で学び終えたということであり、魂は成長し次へのステップに移行する時なのだということを……

それにしても「生きることは食べる事!」だな~と、母食べっぷりをみて思いました(笑)


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