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【シニア向けコンシェルジュサービスで未来が変わる01】人生の分岐点 〜花形営業から奈落の底へ〜

もう20年以上前のことである・・・・・・。

営業部門のリーダーとして、大手外食企業を担当して 3 期目が終わろうとしていた 12 月はじめ。歴代の営業チームが 6 期連続で達成してきた年間売上 10 億円超えの継続に暗雲が立ち込めていた。

提案中の新システムは、金額にして約 3 億円。これを年内に導入してもらえるかどうかが、私たちの浮沈を握っていた。自社の営業部門の担当役員まで駆り出して客先トップに面談を申し入れ、翌春の導入予定を前倒ししてくれるよう再三お願いするも、「おたくの都合を押しつけるな。そんなプロダクトアウトなビジネスは時代遅れもはなはだしい。味噌汁で顔を洗って出直してこい」とぼろくそに言われ退散する羽目に。

帰社後の役員室は重苦しさで充満していた。

「どうしろとは言わん。お前、とにかく何とかしろ」

イケイケドンドン。今なら考えられないが、そういう時代だったのだ。

しかし、客先の担当者を再度訪問しても、私たちのトップ訪問の際の修羅場が、客先内でも噂になっていた。とても再び発注を検討する雰囲気はまったくなかったのだ。

そして、大幅な目標未達の私を待っていたのは、部署内の白い目とともに、ローカル支店へ飛ばされる人事異動だった。

人事記録に傷を負った私は、必然的に正規のキャリアパスからは外れることに。もうその会社での未来はない。その年いっぱいをもって、私は 15 年勤めた会社を退いた。幸いにも、バブルが弾けて大企業はこぞって早期退職優遇制度を打って人件費減らしに必死だった。それを利用した私は、上乗せされた退職金で住宅ローンを完済し、つぎの世界に舵を切ったのだった…。

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