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思い出は、心にそっと閉まっておいて時折、覗き込むくらいが一番いいという話。

20代前半の頃、付き合っていた彼女がいた。

当時私は、京都市内で下宿をしており、その彼女は、神奈川県出身で京都のある女子大に通う女の子だった。

年齢は私の2つ下。

アルバイト先の焼肉屋さんで出会い、仲の良いグループで遊んでいるうちに付き合う事になった。

「気が効くお姉さん」タイプで、明るく、いつも笑顔の女の子だった。

私が大学4年生、彼女が3年生の夏頃に付き合い始めた。

私は絵に描いたような貧乏学生で、彼女と付き合い始めた当時は、6畳一間のぼろアパートに住んでいた。

風呂とトイレはユニットバスが一応あったけれど、あまりの狭さとドア部分のパッキンの甘さが原因で、シャワーを使うと、湯が廊下に染み出してくるデンジャラスな部屋に住んでいた。

アパート

それが、理由で彼女と付き合い出してからはほとんど自分のアパートに帰らなくなり、彼女のマンションに週5くらいで寝泊りをしていた。

バイトも一緒だったので帰る時間が同じ時は、近所のスーパーで一緒に買い物をして、彼女の家で晩御飯を作り、食べる。そして2人でテレビを見て、くだらない話をして。眠たくなったら寝る。朝になったら互いに学校に行く。

というような、小さいながらも幸せな生活を送っていた。

しかし、そんな、小さな幸せも永遠に続くことはなかった。お互いに大学も違えば、年齢も違う。出身地も違うし、将来の夢も違う。

だから、大学を卒業してしまえば、お互いに強い意志がない限り、離れ離れになる事は薄々感じていた。そしてその時間は刻々と迫っている事に二人とも気がついていたが、敢えて口に出す事はしなかった。

私は大学を卒業してからは、何を思ったか専門学校に通う事にした。住まいは今までと同様に京都市内だった。一学年下の彼女は、4年生になり、残り時間はあと1年間だと感じていた。

光陰矢の如し。早いもので一年の歳月が過ぎ、彼女にも大学卒業の時がやってきた。

彼女には、教師になりたいという夢があり、その夢を実現させるためには教職免許を大学で取得する必要があった。彼女の現在通っている大学では教職免許が取れないため、卒業後、他の大学に編入して、教職免許を取る必要があった。

「関東の実家に帰って、実家近くの教職免許の取れる大学に通う事にした」と、告げられたのは、彼女の大学卒業式の2ヶ月ほど前だった。

「うん。わかった。」とだけ返事をした。

その事に関しては彼女から何度か相談をされており、「京都市内の他大学に編入して教員免許を取るか、実家近くにある大学に編入して、取るか悩んでいる」と相談された事があった。

私は曖昧な返事しかせずに、「自分で決めたら?」というような返答をした。

内心では、京都に残って欲しいと思っていた。離れ離れになるのは、やっぱり寂しい。けど、「残ってくれ」と言える経済力や自信、責任力が22歳の私にはなかった。

多分、彼女は私に「残ってくれ」と言って欲しかったんだと思う。

けど、予想外の返答が返ってきたものだから、困惑したと思う。冷たい人だと思ったかもしれない。そして、最終的に実家に帰るという結論を出したのだろう。

「辛い別れになる事は分かっているけれど、分かっているから余計に今の大切な時間を楽しく過ごしたかった」

と言えば綺麗な愛に思えるが、実際のところは只々、今から確実に迫ってくる寂しさに目と耳を塞いで、見て見ぬ振りをしていただけだった。そして、彼女の人生を背負いたくないという「逃げ」だった。

・スーパーに行って買い物する
・一緒にテレビを見て笑う
・駅前の交差点で待ち合わせする
・髪の毛を切ったら、感想を言い合う

家族になれば、当たり前に出来る事。家族でなくても、近くにいれば共有できる簡単な出来事。

そんな事もあと数ヶ月で終わってしまうと、毎日をヒシヒシと噛み締めながら刻一刻と迫るタイムリミットに恐怖と実感のない寂しさを感じながら生活をしていた。

「やっぱり帰らないでくれ!」

という言葉が喉元まで出かかるのだけど、それは絶対に言えないと思っていた。

そして彼女が新幹線に乗って帰って行った日。

二人は泣くこともなく、寂しいそぶりを見せることもなく、最後まで普通を装ったまま最後の日を迎えた。

「またね」と笑顔で新幹線に乗る彼女の顔は、

「2,3日実家に戻ったらまた戻ってくるからね」というような表情を作っていた。

新幹線

その後、私たちは半年間ほど遠距離恋愛をしたが、案の定というか、予定調和通り、別れる事になった。これ以上付き合っていてもお互いに歩み寄ることもない。距離という壁をなんとかしようという気力もない。

ましてや、結婚をする気もない。お互いまだ定職にもついていないのだから。こうして、私の恋はあっけなく終わった。喧嘩をしたわけでも、浮気をしたわけでもなく、嫌いになったわけでもなく。「若さゆえの将来に対する食い違い」という理由で簡単に幕は閉じた。

大学生の恋は大学でケリをつけないといけなかったのだろうか。所詮は自立できていない未成熟な人間同士の恋で、何ともやり様がなかったのだろうか。好きという気持ちだけではどうしようもない。歯がゆい恋だった。

そんな淡い恋から、15年ほどが過ぎたつい先日。

用事で関東に行くことがあり、宿泊した場所が川崎市だった。

川崎大師

観光がてら近所を歩いていると、川崎大師という大きな神社を見つけた。時間が少しあったので、そのお寺を拝観して、お寺の周辺をぶらぶらと散策してみた。すると、

「なんか見たことのある景色??」

「通ったことのある道??」

15年前の記憶が徐々に蘇ってきた。もう少しその辺りを歩いているとくっきりと記憶が蘇ってきた。

付き合っていた頃に一度だけ、彼女の実家に行ったことがあり、その時に2人で川崎大師にお参りに行った。

その時に見た景色だった。

しばらく懐かしい思いに浸りながら、道を歩いていると、なんと彼女の実家を発見してしまった。表札には間違いなく彼女の名字が書いてある。

「よくできた、恋愛ドラマであれば、こういう時に偶然彼女は家から出てきて、運命的な再会。。。」

しかし、現実は出てくるわけもなく。

偶然とはいえ元カノの実家を発見する事は、奇跡的かつ、ドラマチックな展開を期待しても仕方がない。

一方で、冷静な頭でこの状況を考えてみると、ストーカー的要素が強いような気もする。。

彼女の立場になってみると、

「来てくれたの!?嬉しい!」

というはずはなく、ただ

「怖い」

という思いがよぎるだけだろう。

なんの脈絡もなく15年前に別れた彼氏がいきなり実家の前にいる。恐怖を感じずにはいれないだろう。

「久しぶり。今、家の前にいるんだけど、元気??」ってラインを入れたら、どう思うだろうか。

警察に通報されるかもしれない。。

当時の私は前職を退職したばかりで、無職。しかも髪の毛はボサボサに伸びに伸びており、肩までかかっていた。嫁からは「デビュー当時のふかわりょう」と呼ばれていた。。

ふかわりょう

無職で、ボサボサ。不審者としての要素は十分すぎるほど備えていた。

数分間、彼女の実家近くをうろちょろしながら、関西から来たふかわりょうは、彼女にこの事実を伝えるかどうか悩んだ。

そして、悩んだ末に連絡してみようと決断した。

ただし、家の目の前で連絡をするのは危険すぎる。

万が一にでも不気味さを感じた彼女が警察に「不審者がいます」と通報をしたら、私はこの風貌から「任意同行」をお願いされるに決まっている。

なので、本来の目的地である品川駅に着いてから、「今日、川崎大師に行ってきたよ。」と、細心の注意を払ったラインをしてみた。

すると、5分も経たないうちに彼女から返事があった。

「久しぶりだね。ずっと前に一緒に川崎大師行ったよね」と返ってきた。

彼女も覚えていたようだ。嬉しいような懐かしいような、そんな気になりながら、何度かラインの返信を繰り返す。

彼女は、無事に小学校の先生になったようだった。

「もう同じ小学校に10年ほど勤めており、ベテラン扱いされる。年取ったね」

と言っていた。

「ところで、高松くんは今何をしてるの??」

と返事が返ってきたときに、私はフリーズした。

なんて返せばいいのだろうか。。

「無職で、ふかわりょうです」

これはまずい。15年前と何も成長していないと思われる。15年の歳月で彼女は立派な教職者になったのに、私は無職。もう少しよく言っても「家事手伝い」。もう少しよく言えば「人生のモラトリアム中」

悩んだ挙句、私はこう返信した。

「10数年間働いた会社を辞めて、自分で起業しようとしてる」

嘘ではない。多少の「盛り」はあるが、嘘ではない。

一応はドラムレッスンもしているし、不労所得もある。

※自宅でドラム教室を開業しています。不労所得は、アパート経営。

「但し全部嫁の資産を利用して」という文言を除けば、嘘ではない。。

「高松くんも成長したね!起業するくらい大きくなったんだね。」

と、返ってきた。

なんだか心が寂しくなって、これ以上ラインを続けると、ボロが出ると思い無理やり「ほな、また!」と締めくくった。

何度も言うが、嘘はついてない。けど、「なんかなー。。彼女の家なんか見つけるんじゃなかった」という思いと、「思い出は思い出のまま蓋をして、そっと置いておいた方がいい」

という事がわかった。奇跡が起きるのは、映画の世界だけで、現実ではお互いに年を取ってるし、感動の再会もないし。

ただ、強く言えることは「無職はよくない」返答に困る。これがわかっただけでも今回はよしとしよう。

以上

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