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虹のかけら ~短編小説~ 紅い記憶2

でも、せっかくここまで来たので、わたしは彼に、南禅寺の桜と境内にある水路閣を見せてあげたかった。水路閣は最近、人気の場所でネット上で多くの人がよく写真を投稿している。奥へ奥へと連続して続く橋脚のアーチは、見ていると異世界に迷い込んだような気持ちになる。それは昔、父と一緒に行った遊園地にあった鏡の部屋を少し思い出させた。鏡が四方八方に置いてあり、空間が無限に続いていくあの部屋。至る所に存在する自分と父がいて、もはやどれが本物なのか判別できないような少し不気味な部屋。水路閣は外に開かれた空間なので、そのような恐ろしさは感じないのだけれど、ただその連続性が、あの日の遊園地の鏡の部屋をわたしに思い起こさせるのだった。

 宇宙人に水路閣を見てホステルに戻り、その後母の所に行くことを伝えると、彼も納得したようだった。周りの桜を見る人々もわたしたちと同じで、蹴上インクラインと南禅寺の間を行き帰りする人々でその日は割と賑わっていた。

 南禅寺の大きな三門をくぐり抜け、境内の奥に進むと水路閣は現れる。休み期間中の学生らしい人々が、いろいろなポーズで写真を撮っていた。それを彼は嬉しそうに見ている。わたしたちの目の前で大学生らしい男女二人が写真を撮りあっていた。まだあどけなさが顔に残る二人だった。わたしは微笑ましく思ってそれを見ていた。

 「撮ってあげますよ」

 彼は二人にいった。突然の誘いに二人は少し恥ずかしそうに戸惑っていたが、彼の柔らかな雰囲気に促され、こちらに二人のスマートフォンを渡してくれた。彼は構図を考えながら、二人を水路閣のアーチの真ん中に立たせ、もう少し右、わらって、と指示を出している。

 撮り終えると、今度は二人がわたしたちを撮ってくれた。彼は自然に笑顔で楽しそうに写されていたが、わたしには難しかった。撮る方が撮られるよりずっと簡単だ。撮られる時はいつも、一瞬どういう顔をしていいか分からなくなる。

 二人が、もしよければ四人で撮りましょう、と誘ってきたので、わたしは流れのまま、今会ったばかりの人と数日前に会った人との間に挟まれて、親密な様子な顔を作って写真に写った。

 今でもその写真はわたしのスマートフォンの中にある。四人ともよくは分からないが、楽しそうな顔をしている。中でも宇宙人が一番楽しそうな顔をしている。二人に関しては名前すら分からない。  

 わたしたちに共通していたのは、これから数日の内に起こる未曾有のことをまだ知らないということだけだった。

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