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占い師が観た膝枕 〜熱量7割の男編〜

※こちらは、脚本家 今井雅子さんが書いた【膝枕】のストーリーから生まれたスピンオフ占い師が観た膝枕 〜ヒサコ編〜 の二次創作ストーリーです。

今井雅子さんのエピローグと、◆きぃくんママ作 あの夜からの『膝枕』外伝藤崎まりさん作のアレンジバージョンに繋がっている部分があるのでは?と思わせる流れになっています。

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熱量7割の男がどう表現されるのかも興味がありますので、気軽に朗読にお使いください☺️

できれば、Twitterなどに読む(読んだ)事をお知らせいただけると嬉しいです❗️(タイミングが合えば聴きたいので💓)

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サトウ純子作 「占い師が観た膝枕 〜熱量7割の男編〜」


空がオレンジ色に染まる黄昏時。
いつもなら外灯をつける時間だが、雨上がりの街並みが夕日を跳ね返しているのか、いつもより外が明るく感じる。

「だいぶ日脚が伸びたな」

占い師は、外の様子を伺いながらそっと扉を押し開けた。


あの後、ヒサコがスマートフォンを取りに来た。

「彼から『緊急手術する』って通知が来て。飛び出して行っちゃいました」

やっぱり、私が必要なんですって。
ヒサコは頬を赤らめながら嬉しそうにそう言った。

白いスカートを左右に揺らしながら遠ざかる背中。

あの時の狂気はなんだったんだ?
あれも通り雨の仕業だったのだろうか。

…さっきのは本当にヒサコだったのだろうか。

占い師は、あの、豊満な胸の谷間さえ気薄になってしまう、ぽっちゃりした膝の主張に、例えようのない奇妙な違和感を覚えた。


「私、転職しようと思っておりまして」

そして今、目の前にいるのは、スーツ姿の中年男性。学生時代はスポーツをやっていたが、社会人になって筋肉の3割は脂肪に変わりつつある、熱量10−3=7の男。といったところだろうか。

先ほど、外に出て空を見上げている時に、大きくため息をついた男と目が合った。もちろん知り合いではないが、男はなんとなくバツが悪そうな顔をして頭を下げた。

「鑑定所。占いサロン…ですか。気付かなかった。毎日通っているのに」

男は腕時計に目を落とし、すぐに「観てもらおうかな」と、鑑定所の方に靴先を向けた。

そして今、占い師の前に座っている。

「今の会社、合っていないと思うんです」

男の話を要約すると、商品に対する周りの熱量があまりにも異常で、全くついていけない。とのことだった。

「今もですね。クレームになりそうな案件がありまして、慌てて病院に駆けつけたわけです」

男の手と顔を観るかぎり、占いに「頼る」というタイプではないことはわかっていた。今はとにかく何かを吐き出したい。きっとそんな気持ちなのだろう。占い師は、男の話すリズムを壊さないよう、静かに頷いた。

「手術になるほどの不具合が出るケースは初めてで。もう、補償とか、保険とか、裁判とか。最悪の事態をめちゃくちゃ考えましたよ」

男は斜め横に立てかけてある黒鏡(ブラックミラー)に気付き、乱れた前髪をちょいちょいと直す。

「ところがですね。病院に着いたら、皆が皆、声を揃えて言ってるんですよ」

膝枕相手じゃ仕方がないねって。
それも笑いながら。

「膝枕ですか?」占い師は、素知らぬ顔でおどけて見せる。

「そうなんですよ!見てくださいよ。その相手って、これなんです」

男が差し出してきたカタログには、見覚えのある、白い膝頭がキュッと並んでいた。

「ほぉ。本当に膝枕だけなんですね」

占い師の脳裏に、スマートフォンを突き付けてきたヒサコの姿が浮かび、違う意味で自然な驚き顔になる。しかし、一日のうちに同じ話題が出てくる、というのは、占いをしている側としたらよくある事だ。さほど不思議ではない。

「でも、おもちゃですよ?おもちゃ!それも腰から下の正座したおもちゃ!」

むしろ、気持ち悪いじゃないですか。と、カタログを指でつつきながら、男は眉間に皺を寄せた。

「皆狂ってますよ」

男は椅子にもたれかかると、今度は一本調子で淡々と言葉を紡ぎ始めた。

そんな風に思っている商品の製造に携わっているだなんて。おまけに、訳わからないクレーム対応させられるし。

「ただ、お給料を稼いでるだけなんです。もう、ストレスでしかない」

帰宅時間なのか、窓の外を足早に通り過ぎる騒めきが、リズムを崩さず流れていく。
裏からは、竹箒で軒先を掃く音と一緒に蚊取り線香の香りが漂ってきた。

「ああ、せめて、彼女が側にいてくれれば、まだ、頑張れるのに」

田舎に…帰ろうかなぁ。
男は肩を落としてため息をついた。肩先から更に男の身体がひと回り小さくなったように見える。

「田舎に彼女さんがおられるのですか?」

「はい。学生の時からずっと付き合っていて」

彼女の膝枕、最高なんですよ。
男の声が震えている。
占い師が俯いている男の横に、そっとポケットティッシュを差し出した。

「本来、膝枕っていうのは、大好きな人に膝枕されながら色々な会話をしたり、耳かきしてもらったりしてコミュニケーションをとるものなんですよ。ちょっと上を見れば大好きな人のはにかむ笑顔があって…」

会話が途切れ、場に静寂が訪れる。

大好きな人の笑顔を見ながらの会話…
リアルな表情を見ながらの膝枕…


「えっと、この場合はARじゃなくて、MRでもなくて…。なんだっけ」

一瞬にして場の空気が変わった。男はパッと頭を持ち上げると、スマートフォンを取り出し、何やらバタバタと調べはじめた。

「そうそう!VRだ!VR!」

男は慣れた手付きで手帳を取り出すと、開いたページの真ん中にVRと大きく描き、それをペンでグルグルと囲う。

「3Dビデオ通話的な?離れている人にもVRカメラを装着してもらって、リアルな会話を楽しみながら膝枕が楽しめる……いや。これだけじゃ弱いな」

男は突然視線を横に流し、鼻をクンクンさせた。蚊取り線香の香りに気付いたようだ。

「そうだ!味噌汁の匂いとか、玉子焼きの匂いとか。今日の夕飯は何かなーって想像できるヤツ。お風呂上がりのリンスの匂いとか、たまにちょっと汗をかいたような匂いとか。そんなのも出てきたら最高でしょ!」

オプションで匂いが出る、とでも書き込んでいるのだろうか。男の手が止まらない。そのペン先は、よくわからない製図のようなものまで描き出した。

「そうだな…。大好きなあの人との距離を縮めます。【遠距離対応 VR膝枕(匂いオプション付き)】。よし!これで決まりだ!」

ヤバい。部門賞とれるかもしれないぞ!
熱量が突然10オーバーに跳ね上がった男は、「ありがとうございました!」と言いながらお札を机の上に置くと、スキップでもしそうな軽い足取りで扉の外に消えて行った。


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※6/13 May Flower 理恵さんの作ってくださった画像をまた、使わせていただきました❗️(素敵過ぎていっぱい使いたい)

そして、そして❗️同じ日に徳田さんに初見で朗読していただきました❗️ありがとうございます😭

※6/15 朗読していただいた時に気づいた部分を修正しました。

※6/21 May Flower 理恵さんが朗読してくださいました⭐️ ヒサコの可愛らしさと、若手会社員風の熱量7割の男が絶妙でした❣️ありがとうございます💓

※6/22 徳田さんが「朗読練習場」で朗読してくださいました⭐️ 熱量7割の男の熱量の変わり具合が最高でした✨ ありがとうございます❣️

※8/31 小羽さんが朗読してくださいました❣️声が低めの大柄の男を思わせる感じで新鮮でした❗️ありがとうございます✨


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