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学校にいったりいかなかったりの彼の事

何からかこうか。どこからかこうか。

私には小学生の子どもがふたりいる。今、4年生の彼女と2年生の彼。

2年生の彼は学校に行ったり行かなかったりする。一年生の冬休み明けからこのリズムになったから、1年が経ったことになる。


小さいころから何かと独特だったこともあり、学校に行かなくなった時、なぜだ、なぜいけなくなったのだと焦ると同時に、あぁ確かに彼には「学校」という場は合わないよなと腑に落ちるところもあった。

「おおぉ、そうきたか」と彼に強く思い、印象に残っているのは、通っていた小児科での出来事だ。

シールというごまかし

その小児科には、昔ながらの先生がいた。痛い注射も「我慢我慢!」暴れるようなら看護士が子どもをがんじがらめに押さえつけ採血。お母さんは部屋から出された。

他の子どもたちは泣きじゃくりながら採血され、終わるともらえるシールでぐすんと言いながらも泣き止む。シール。子どもにはたまらないご褒美。大人からしたらお菓子と同様、ごまかすにはもってこいのアイテムだ。シールと「頑張ったね!ー」の言葉で笑顔になる子もいる。

ジャイアンのお母さん

ある日体調を崩し、彼が初めてそれを経験したとき、泣き叫びながら「ママいかないで!ー何でバイバイなのーママがいたら暴れないの!ーママがここにいたら大丈夫なの!ー」と叫んでいた。医者たちはお構いなしに押さえつけ採血をした。

私がジャイアンの母ちゃんのようなメンタルの持ち主ならば、待ってる最中も「あー盛大に泣いてるわ、あの子ったら」ですむだろう。だがその時の私は、「あぁすごく怖がってる。泣いてる。助けを求めてる。話を聞いてほしいんだ。なのに私は何もできずここに立ってる。」って涙が溢れてしまった。小児科で、親子そろってバラバラの場所で泣いたのだ。ジャイアンの母ちゃんとは程遠かった。

彼の怒り

採血が終わった彼はシールを受け取りもせず、出てきた。泣きながら、でも確実にあの時、彼は怒っていた。

「頑張ったね」と声をかけることはしたくなかった。彼からしたら、頑張ったんじゃなくて、無理矢理されたんだ。「痛かったね。怖かったよね。ママがそばにいれなくてごめんね。」と繰り返し言うことしか、私にはできなかった。

元気になった日の夜、突然泣き出した。話を聞くと、「先生があの時僕が言うことを全然聞いてくれなかったことが嫌だった。なぜママは出ていかないとだめなの?ママがいたら暴れないよと言ったのに、僕の話を聞いてくれなかった。だから怒って暴れたんだ。」と泣きながら教えてくれた。

大人は子どもをごまかすことがある。「はいはいはいはい大丈夫だからねー」とか言いながら。「頑張ったらお菓子買おうねー」とかいいながら。

でもそのごまかしは彼には一切通じなかった。

「子どもだから」でごまかさない

しばらくして熱を出してか、また小児科に行くことがあった。すると、彼は「なんであの時先生は僕の話を聞かなかったのか。先生が僕の話をこれからも聞いてくれないのなら、あの先生のところにはもう行かない。だから前に僕が言ったことを、先生に一度話してほしい」と私に言ってきた。もちろんだ。親である私がするべきことは、「子どもだから」とごまかされてしまう気持ちを面と向かって伝えるために手助けをする事だ。先生が彼の言葉を理解しないのならば、他のお医者さんを探そうと、私は思った。

小児科に行き、私は先生に前回彼が感じたことを伝えた。先生に「物申す」という感じにならぬよう、でもしっかり伝わるよう言葉を選びながら。

すると案外先生は「はいはい!わかりました!ー大したもんだねえ」と返してきた。

結局その日も採血をすることになったが、私がそばにいたら、泣きながらも、右腕を先生に差し出したのだった。

それがたしか4歳の時だ。


なぜだらけの学校

その時「これはこれからも一筋縄ではいかないな」と思ったのを鮮明に覚えている。
理屈ぽいといえばそうだし、理論的といえばそうだし。とにかくそういうところがあり、ごまかそうとする行為をひどく嫌う。嫌うというか、おかしいと感じている。なぜそれをするのか、こういう方法はだめなのか。と彼は、彼の頭は考えるのだ。

なぜみんな同じ方向みて座る?その理由は?

なぜわかっていることをひたすらノートに書く?その理由は?

なぜ休み時間は元気に外で遊びましょう?その理由は?

彼にとっては、学校にはなぜが溢れている。

ってことで案の定、一筋縄ではいかなくなった今なのである。

彼のこと、彼を見ている私が学んだこと、思うこと、教育に対して感じる事、時々こうして書いていこう。そしてマガジン「子/親/人」にまとめていきたい。そんなことを思ってるんです。

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