【随想】太宰治『鷗』
どんな行いもそれが金に換わらなければ無意味であるという価値観。金が唯一の価値単位であるという信仰。価値の大小で心の満足感が決まるという先入観。
それは違う。おかしい。承服しかねる。
思春期に得た疑問や不満は、世間を漂う内に川を転がる岩のように丸く削れていき、ついには砂粒のように軽く小さく見えなくなって忘却される。それを胸に抱えたまま世間に飛び込む者は、その重さの為に沈んでいくし、その重さゆえに絶えずぶつかる漂流物の衝撃は分散されない。皮は剥ぎ取られ肉は切り裂かれ骨は砕けていく。ズタボロになった彼は嘲笑される。
だが彼を苦しめるその重しこそが流れに対する抵抗力となる。激流に耐えて自らの足で立つ事を可能にする。胸に重さを抱えた者だけが、押し寄せる流れに逆らい、高みを目指して前進する事が出来る。枝を離れた木の葉のように激流に身を任せるだけの者はやがて大海へ出てその一部に溶け去っていく。
どうする。まだ逆らうのか。まだ高みを目指すのか。逆らう。目指すぞ。まだ見た事の無い景色を求め、高みを目指す。自分の足で歩く。この大地と共に進む。流れは進む程にいよいよ激しくなる。激しく、その幅は狭くなり、目標が、進むべき方向が定まってくる。胸の重しは己を守る盾になる。進め。進め。源流を越えて更にその先へ行け。飛び立て。羽ばたけ。大海よりもはるかに広い空を越え、宇宙の未知へと近付く為に。
素晴らしいことです素晴らしいことです