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【随想】太宰治『新樹の言葉』

 沼の底、なぞというと、甲府もなんだか陰気なまちのように思われるだろうが、事実は、派手に、小さく、活気のあるまちである。よく人は、甲府を、「擂鉢の底」と評しているが、当っていない。甲府は、もっとハイカラである。シルクハットを倒さまにして、その帽子の底に、小さい小さい旗を立てた、それが甲府だと思えば、間違いない。きれいに文化の、しみとおっているまちである。

太宰治『新樹の言葉』(短編集『新樹の言葉』)新潮社,1982

「でも、よく逢えたねえ。」
「ええ、お名前は、まえから母に朝夕、聞かされて、失礼ですが、ほんとうの兄のような気がして、いつかはお逢いできるだろう、と奇妙に楽観していたのです。へんですね、いつかは逢えると確信していたので、僕は、のんきでしたよ。僕さえ丈夫で生きていたら。」
 ふと、私は、目蓋の熱いのを意識した。こんなに陰で私を待っていた人もあったのだ。生きていて、よかった、と思った。

同上

「萩野さんは、とても似ているというんだけど。」少女の声である。妹がやって来たんだなと思ったゆえ、私は寝ながら、
「そうだ、そうだ。幸吉さんは、私とは他人だ。血のつながりなんか、無いんだ。乳のつながりだけなんだ。似ていて、たまるか。」そう言って、わざと大きく寝がえりを打って、「私みたいな酒呑みは、だめだ。」
「そんなことない。」無邪気な少女の、懸命な声である。「私たち、うれしいのよ。しっかり、やって下さい、ね。あんまり、お酒のんじゃいけない。」
 きつい語調が、乳母のつるの語調に、そっくりだったので、私は薄目あけて枕もとの少女をそっと見上げた。きちんと坐っていた。私の顔をじっと見ていたので、私の酔眼と、ちらと視線が合って、少女は、微笑した。夢のように、美しかった。お嫁に行く、あの夜のつるに酷似していたのである。それまでの、けわしい泥酔が、涼しくほどけていって、私は、たいへん安心して、そうして、また、眠ってしまったらしい。ずいぶん酔っていたのである。御不浄に立ったときのことと、それから、少女の微笑と、二つだけ、それだけは、あとになっても、はっきり思い出すことができるのだけれど、そのほかのことは、さっぱり覚えていないのである。

同上

 誰か一人でもいい。信じてくれる人がいる、味方となってくれる人がいる。唯この一点だけで、人は強く誇り高く生きて行ける。
 一人道を外れて彷徨う者を怪物と呼ぶ。怪物は決まって孤独である。なぜ吠える。なぜ暴れる。なぜ涙を流す。怒りはいつも悲しみから生まれる。
 愛されている。それだけでいい、それだけで、何もかも優しい。

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素晴らしいことです素晴らしいことです