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【随想】太宰治『おしゃれ童子』

少年は、そのような異様な風態で、割烹店へ行き、泉鏡花氏の小説で習い覚えた地口を、一生懸命に、何度も繰りかえして言っていました。女など眼中になかったのです。ただ、おのれのロマンチックな姿態だけが、問題であったのです。

太宰治『おしゃれ童子』(短編集『きりぎりす』)新潮社,1974

 買いはしたもののその後一度も着ずに一切日の目を浴びないまま手元を離れていった衣服が沢山在る。何度同じ事を繰り返して来ただろう。店で服を選んでいる時の気持ちと家に帰って袋から出して見た時の気持ちには、なぜああも大きな違いがあるのだろう。急に無価値になる、自分には全く似合わない、ウキウキもワクワクも無い。無駄遣い、後悔。次からはよくよく吟味して買おう、果たしてまたやった。厳選した筈。無駄な服は買わない、ボロボロになるまで着たおしてやる。そう誓ったのに結局同じ事。服は変わらない、変わるのは自分の心。服を着る生き物は人間だけだ。動物たちに無駄遣いの後悔は無いのだろう。必要なものを必要な時に手に入れて使うだけ。最高に洗練された生き方、美しい生き方。余計なものが多すぎると、そう思っているのに、不安か、心配か、見栄か、勘違いか、癖か、また余計なものを集め、持て余し、捨ててしまう。

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素晴らしいことです素晴らしいことです