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【随想】太宰治『恥』

小説家なんて、つまらない。人の屑だわ。嘘ばっかり書いている。ちっともロマンチックではないんだもの。普通の家庭に落ち附いて、そうして薄汚い身なりの、前歯の欠けた娘を、冷く軽蔑して見送りもせず、永遠に他人の顔をして澄ましていようというんだから、すさまじいや。あんなの、インチキというんじゃないかしら。

太宰治『恥』(短編集『ろまん燈籠』)新潮社,1983

 人間のやることには動機がある。人間は単純だ。食いたい寝たい出したい手に入れたい壊したい動きたい黙りたい、とにかく満足したい。突き詰めれば、したい、というだけの話である。演じる、ということも同じだ。したい、という欲求の具体的行動なのである。全ては単純、深く考えて生きている人間などいない。どんな行動も同一の欲求に還元される。他人の行動に謎があったとしても、その解答は必ず自分の中にもある。

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