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【随想】太宰治『竹青』

人間は一生、人間の愛憎の中で苦しまなければならぬものです。のがれ出る事は出来ません。忍んで、努力を積むだけです。学問も結構ですが、やたらに脱俗を衒うのは卑怯です。もっと、むきになって、この俗世間を愛惜し、愁殺し、一生そこに没頭してみて下さい。神は、そのような人間の姿を一ばん愛しています。

太宰治『竹青』(短編集『お伽草紙』)新潮社,1972

 彼は随分意地が悪い。徒に人間を苦しめ、喜ばせ、笑わせ、怒らせ、そうして気に入らぬ者は、冷酷無比、あっさり殺してしまう。自分が作ったのだから自分の好きにしていい、というのが彼の理屈であろうか。悠久の時に居るものにとっては、たかだか百年の生命現象など取るに足らぬ自律玩具、飼育ケースの中の出来事に過ぎないのか。気の向いた時だけ、視線をくれてやり、餌を遣り、指で弾いてみたり、大地を揺らしてみたり、水を垂らしてみたり、飽きたら放置。
彼が人を自身に似せたのは、自身に見立てて鬱憤を解消する為に違いない。

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