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【随想】太宰治『雀こ』

  長え長え昔噺、知らへがな。
  山の中に橡の木いっぽんあったずおん。
  そのてっぺんさ、からす一羽来てとまったずおん。
  からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
  また、からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
  また、からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
  ・・・・・・・・・・・・

太宰治『雀こ』(短編集『晩年』)新潮社,1947

 幼少期の思い出はなぜかいつも幻想的で、なぜか冬ばかりを思い出す。
 朝陽に煌めく白銀の街、乾いた風にささやかに舞う雪の結晶、氷の槍は微熱に溶け毛糸の手袋を濡らした。
 紫色に染まる夕暮れの空。
 薄暗い部屋、ストーブの前は特等席、目の渇きを感じながら、夕飯の声が掛かるまでじっと炎を見つめていた。
深々と牡丹雪が降りつもる夜。翌朝の雪かきは大変だけど、そんな夜を眺めているのが好きだった。雪国の夜はどうして暖かい。

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