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【随想】宮沢賢治『どんぐりと山猫』

 おかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、一郎のうちにきました。

   かねた一郎さま 九月十九日
   あなたは、ごきげんよろしいほで、けっこです。
   あした、めんどなさいばんしますから、おいで
   んなさい。とびどぐもたないでくなさい。
                   山ねこ 拝

 こんなのです。字はまるでへたで、墨もがさがさして指につくぐらいでした。けれども一郎はうれしくてうれしくてたまりませんでした。はがきをそっと学校のかばんにしまって、うちじゅうとんだりはねたりしました。
 ね床にもぐってからも、山猫のにゃあとした顔や、そのめんどうだという裁判のけしきなどを考えて、おそくまでねむりませんでした。

宮沢賢治『どんぐりと山猫』(童話集『注文の多い料理店』)新潮社,1990

 街に出る度、猫に遭遇する。初対面の猫か、以前にも出会った猫か、それは分からないけれど、人が人に共通な態度を取るように、猫は猫らしい態度を取る。
 猫を見つめてみる。猫は見つめ返してくる。一定の距離を保つ限りにおいて猫はその場を動かない。視線を捉えることが彼らにとって何の意味があるかは知らない。
さらに猫を見つめる。猫は座り込む。警戒に疲れたのか、それとも何かをじっくり考えようというのか。
 さらに見つめてみる。猫は呆れたように去って行く。

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