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【連載小説】オトメシ!(最終話)16.オトメたちが作る楽しいごはん!

【連載小説】オトメシ!

こちらの小説はエブリスタでも連載しています。

エブリスタでは2024.1.9完結。




 

 演奏を終え、

「ヒゥー! ライディス最高!」
 
 と姫原は言い、ソレラと共に拍手する。
 
 俺も思い出してしまった。自分のギター音に合わさってドラム、ベース、メイルの歌が重なった時の気持ちよさ。

 こんなの楽しいに決まっている。
 
 これに自分の歌が合わさればどれだけ爽快だろうか、もう一度歌うことができたならば……。
 
 高瀬川が俺のもとにきて、「ありがとう五十嵐」と言った。
 
 高瀬川はずっとこの時を待ち望んでいた、ずいぶんと待たせてしまったな。
 
「俺の方こそ色々すまなかった高瀬川、だけど俺はこれ以上のことはできない。だから高瀬川の望む未来は叶えられないと思うんだ」
 
「いいんだ、これで僕は控えめに言って満足だよ」
 
「メイル!」
 
 膝から崩れ落ちるようにメイルはマイクスタンドの前でうずくまる。
 
「おい! メイル大丈夫か」
 
「大丈夫、大丈夫だから……」
 
 メイルはしばらくそこから動けないようで、俺に面倒見とけと今在家が言い残してメイルと俺だけ残して他の連中はスタジオから去った。
 
 変に気を使われても別に今さら俺はメイルに何も話すことはない。
 
「大丈夫――」
 
 メイルはうずくまったままか細い声でスタジオの地面に向かってぼそっとそう言った。
 
「そうか、それは良かったよ」
 
「違う、大丈夫かって、レンダのほうが」
 
 そんな地べたでうずくまるメイルに気遣われても……。
 
「俺か? 大丈夫もなにもお前の方が重症に見えるけど」
 
「そうだよね。……もう一度ライディスやるの?」
 
「さぁどうだかな」
 
「やるなら私、事務所やめてライディスでやりたい!」
 
「……そうかよ」
 
 ライディスとしてデビューできることはもうないだろう。それほど音楽シーンの移り変わりは早い。いくらメイルがボーカルといっても、メイル自身もいい歳だ。
 
 何が好きでアラフォーバンドに世間が注目するものか、そんな需要なんてあるわけない。
 
「にしても、お前いい顔で歌ってたな」
 
 演奏中、メイルの横顔を見るとあの時と変わりなく楽しそうに歌うメイル。感情的で俺の心を震わせる歌声は変わりなかった。
 
「レンダのギターは下手くそだったけどね」
 
「うっせ」
 
 メイルは立ち上がり、もう動けると言うのでスタジオを出てリビングに行くと、みんなはテーブルを囲っていた。

 高瀬川と今在家が隣り合って座り、対面には姫原とソレラ。その光景には懐かしさと新しい可能性があった。

 彼らのもとへ俺とメイルが歩み寄る。その空間はまるで絵本の中のように柔らかで優しく、それでいて非現実的。そんな理想郷に今俺は立っているのだ。
 
「五十嵐、やっぱりライディスは五十嵐あってのものだよ」
 
 と高瀬川が言った。
 
「なんだよ改まって」
 
「いや、メイルの歌の才能に気づいたのも五十嵐だし、作詞作曲も五十嵐だ。今日こうやってまた全員を引き寄せたのも五十嵐の存在が大きかった。それに五十嵐、気づいてないでしょ、自分の才能に」
 
「は? 俺に音楽の才能がまったくないとは言わないけど、そこにいる姫原に比べたら足元にも及ばないよ」
 
「はあ、やっぱりか。五十嵐はその耳。選球眼のように音を聴き分ける耳があるし、その人材を生かすことができる作曲センスがある。it's so youなんていい例だよ。あれもメイルの歌声の特徴をしっかり捉えて作った曲だろ? あんな楽曲作れるのは控えめに言って五十嵐だけだよ」
 
 高瀬川の言うことには説得力があった。高瀬川は音楽に関する技術もあるし知識も深い。楽器だってベース以外も卒なくこなす。そんな奴がなんで俺なんかにずっとこだわっていたのか。それが今になって初めてわかった。

 俺が姫原の才能に心動かされたように、高瀬川は俺の才能に前から気づいていた。だからこそここまで俺やライディスを信じていたのか。ほんとお前はいつまでも呆れるくらい一途な奴だよ。

 それにしても俺に聴く才能……ね。

 まあ冷静に考えてあの時うどん屋の前で姫原の『ぬ』の鼻歌に才能を感じていた時点で俺もまた姫原と同じ属性を有していたのかもしれないな。

 そういう意味ではあの時、姫原にまだ俺が音楽をやっていた過去があると告げる前から俺に対して『同じ薫香がする』と言って、俺にだけやけに馴れ馴れしかった。

 でもさすがに姫原にそんな人の才能まで嗅ぎ分ける能力まであるはずがないだろう。いやそうだ。そうでなければ姫原はもはや宇宙人級に常軌を逸している。

 しかし、あの時姫原から『ぬ』の鼻歌を聞かなければ今この光景はなかっただろう。

 姫原、やっぱりお前の持つ音楽の才能は本物で、人の人生すら変えてしまうくらい響くものを持っている。絵本に描かれた理想郷までも姫原はアーティストとして見事に描いた。描いてくれた。ありがとう、姫原。

 そう俺が面と向かって姫原に感謝の言葉を口にすることはないが、その誠意はこれから俺が姫原に対して必ず報いる。

 これは俺の叶わなかった夢を押し付ける形ではない。今度は俺が、お前たちのためにできる限りのことをしたい。それが俺にとっての幸せの形であるからだ。
 
「だから、だからな五十嵐、控えめに言って僕はもうライディスはこれで終わってもいい。五十嵐が言うように姫原さんとソレラちゃんのサポートをしていこう。あ、でもたまにはみんなで演奏しようね」
 
 当時解散した時の不服そうな高瀬川の姿はここにはなかった。
 
 高瀬川もライディスでデビューしたかったというのは本音であるのは間違いないのだろうが、それでも今日この日にまたライディスとして演奏できたことで折り合いがついたのだろう。
 
「ああ、そうだな。それでいいよな今在家、メイル」
 
「オレァいいぜ。初めから俺はどっちでもいい」
 
「そうね、さすがに私ももう昔のように高音出せなくなってきたし、そろそろ引退かな」
 
「じゃあ俺たちライディスはこれからSoYouのサポート、いや彼女たちふたりをライジングする!」
 
 全会一致。
 
 これにてライジングディストーションは本当の意味で終結した。
 

 それからメイルは姫原とソレラのボイトレ教師、俺はふたりに合う楽曲の作成を進め、高瀬川は動画用の映像作成やら、楽曲の編曲と忙しそうにしている。今在家といえば……特に何もしていないが応援してるぜと少し遠目から俺たちの活躍を祈っていた。
 
 SoYouとして二度目のライブ。前回より箱をスケールアップして、俺たちライディスの叶わなかった夢を彼女たちふたりに託す。
 
 ライブの反響も上々で、ソレラの事務所問題さえ解決すればすぐにでもメジャーデビューして大ヒットするだろう。
 
 姫原は以前小説家としての失敗を考えてかメディアには一切出ないしサガラ商事の仕事も今まで通りこなしている。
 
 SoYou二度目のライブ終わりの打ち上げで、みんなで高瀬川邸に集まっていた。
 
 メイルは美味しい料理を作ってあげると息巻いており、ソレラもクッキーを焼くらしい。
 
 それに触発されて姫原もアマチャンのお前らでも食える最強の激辛料理を作ってやるよと、高瀬川邸のキッチンでは三者がところ狭しと躍動していた。
 
「はい、できたよ」
 
 と姫原がドヤ顔で運んできたのは、グツグツと真っ赤に染まった液体が入った大鍋。
 
 立ち上る湯気だけでむせてしまいそうなくらいに辛そうだ。
 
 姫原が言うにこれはキムチ鍋らしい。
 
 小さな椀に姫原がよそい男性陣三名の前に置かれる。
 
 これは何の罰ゲームだろうか。
 
 せめてメイルとソレラの料理を食べ終えてからいただきたいものだ。
 
 こんなもん先に食おうもんなら辛みで口内が痺れて他の料理の味すらわからなくなってしまう。
 
 高瀬川がまず、恐る恐るレンゲでスープを少しすくって口にする。
 
「あ……ああ、うんおいしいよ」
 
 言う高瀬川の顔には汗が噴き出して、激しくむせていた。
 
 続けて俺も一口、スープを口に運ぶ。
 
 口元までくるとスープから発せられる辛味が鼻を刺激するし、目すらもその刺激からまぶたを開けていられないと思うほどに過激だ。
 
 意を決して口に入れると、まずキムチ特有の程よい酸味に豚肉の油が溶け込んだ深い味わいの後、湧き上がるように口内を暴れる辛味。これは辛すぎる。
 
 でも待て、辛味の中にもしっかり感じられるこの旨味はクセになるかもしれない。
 
「意外といけるな姫原」
 
「やっとわかりましたか部長! これが幸せですよ、僥倖ぎょうこうでしょ」
 
 続いて口にした今在家は辛くて食べられないと正直に箸を置いた。
 
 メイルも料理を運んできた。
 
 同棲していた時にもよく作っていたメイル特製のミートソースパスタだ。
 
 俺の大好物で、そこらへんのパスタ屋より遥かに美味い。
 
 玉ねぎやにんにくなどの野菜と共に牛ミンチを煮込んでおそらく赤ワインなどで味に深みを出してソースを作っているのだろうが、メイルはこのレシピは秘密であると教えてくれない。
 
 ソレラが来て「お母さんちょっと」とメイルをキッチンに連れていく。
 
 何やらキッチンから焦げ臭い匂いとメイルの豪快な笑い声が聞こえる。
 
 ややしてメイルが皿に盛ってきたソレラの焼いたクッキーは表面が激しく焦げていた。
 
「レンダ聞いてよ、ソレラったらレシピに書いてある分量の三倍の砂糖入れたらこうなったんだって」
 
 甘党のソレラらしい。
 
 しかしメイルとソレラがこうやって一緒になって楽しんでいる姿を見られるなんて、微笑ましいな。
 
 なぜだろう、そのクッキーを手に取ると目頭を熱くする。
 
「ちょっとレンダ! 何泣いてんの?」
 
 ソレラの焼いたクッキーは、美味しくなかった。

 美味しくなかった。

 けれど、なぜこんなに涙が溢れてくるのだろう。

 まるで小さな子供のようにクッキーをボロボロとかじってはこぼし、

「美味しいよ」

 そう言って食べた。

(おわり)

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